208話 おまけの兄は異世界で幸せになります(9)
姿を見せたのは落ち着いたベージュの長衣の雪豹の男性と、その横に付くドレスを着た少女だ。二人はこちらを見て、男性のほうは柔和に、少女の方は目を輝かせて足早に近付いてきた。
「マサ義兄様!」
「ユディトちゃん!」
全力でぶつかってきそうな雪豹の少女だが、その前にクナルが俺の前に出て彼女を受けとめる。それに驚いてキョトッとした少女に、クナルはやや眉を寄せた。
「ユディト、その力でマサに抱きついたらマサが後ろにすっ転ぶ! 雪があるなら怪我もないが、ここではダメだ」
「あっ! ごめんなさい、マサ義兄様、クナル義兄様」
シュンと丸い雪豹の耳を伏せ、尻尾も下がってしまったユディトに俺は微笑んで頭を撫で、後ろからきた男性は申し訳ない顔で頭を下げた。
「娘がすまない。怪我はないか?」
「見ていた通り平気だ」
柔和な様子の男性、フスハイム王フェレンツに対してクナルは少しぶっきらぼうに言う。だがこれもフェレンツの方は分かっていて、穏やかに微笑んだ。
フェレンツとクナルの関係は少し複雑だ。フェレンツの姉の子がクナルなのだが、クナルにその記憶はなく、またフェレンツも確信がない。
俺とクナルは神獣セヴァンから「魔力の波形が似てるから親族だ」と言われていたから確信があるけれど、これをクナルは言わない事にしている。
何故ならフスハイムには王位を継げる者が王女のユディトしかおらず、ここでクナルが縁戚と知れたらあちらの国で面倒が起こるからだ。
とはいえ、今はそれも少し事情が違っているけれど。
「フェレンツ様、忙しい時に俺達の式に来て頂き、ありがとうございます」
「マサ殿、気遣いありがとう。だが、妃達には寧ろ背中を押されてしまったのだよ。大事な甥の晴れの姿を見ずに留まっても、私に出来る事はないとね」
そう、彼は困ったように笑った。
フスハイム王家は今ベビーラッシュが起こっている。
長年ユディトに続く子が得られなかったフェレンツだが、側室は囲っていた。そしてそことの間にこの一年で子供が複数出来たのだ。
王子が二人、王女が一人、まだ産まれていない子が一人。
これで王家も安泰だと、外交大使を務めるオレグが安堵に泣いていた。
「これも全て、マサ殿とクナルの尽力があったからこそ。この先、素晴らしい世界となるよう私も務めましょう」
「んな硬くなるなよ。まだ式始まってもないんだぜ」
腰に手を当てるクナルに、フェレンツは恥ずかしそうに笑う。少しギクシャクしても見える二人に、ユディトが俺の手を引いてこっそり耳打ちした。
「お父様、凄く緊張してるのよ? クナル義兄様の晴れ姿を見るの、とても楽しみにしてるの。幸せにってちょっと泣いてもいたのよ」
「ユディト!」
こそっと話すけれど獣人の耳では聞こえてしまう。
秘密がバレて恥ずかしそうなフェレンツの顔が赤くなり、クナルもちょっと赤くなる。二人して照れてるその顔はどことなく面影があって、俺は幼い王女と二人で笑った。
そうして徐々に時間も過ぎる。その中で本日最後の来客がきた。
「お兄ぃ!」
「星那!」
馬車を降りて大きく手を振りながら走ってくる妹を、俺は胸が一杯になる思いで出迎えた。
そんな彼女の後ろからは正装をしたスティーブンもいて、温かく見守っているのが分かる。
飛び込むようにして抱きついた星那は記憶よりも背が伸びて、とうとう微妙に越されてしまった。
「星那、大きくなったねぇ」
「お兄ぃ、それって娘を嫁に出す親の視点なんだけど。お嫁に行くのはお兄ぃでしょ!」
「そうなんだけど」
呆れ顔の星那に言われてちょっと恥ずかしい。でも、俺の中ではいつまでも星那は妹だからなぁ。
そんな俺の隣にきたクナルがそっと俺の腰を抱き寄せる。
同じ頃、スティーブンも星那の横について微笑み、綺麗な礼をした。
「トモマサ様、クナル、この度はご成婚、おめでとうございます」
「あんたもな、スティーブン様。だがまさか、本当にセナと婚約するとはな」
ニヤッと笑ったクナルが言うとスティーブンは途端に顔を赤くしてしまう。その隣で星那は満足げだ。
スティーブンの精神操作が解け、国境の町で魔獣討伐の為ワンシーズン過ごした星那はその間に彼との仲を温められたらしい。
最初こそ悪印象があったが、事情を知れば星那は相手を再度見る事もできる凄い子だ。その目でスティーブンを見直し、気に入ったらしかった。
でもそうなると、スティーブンが義弟になるのか……。
「本当に、このようなご縁を頂けて私は幸せ者です。トモマサ様、今後ともよろしくお願いします」
「だって。私も幸せだから、お兄ぃは心配しないで一杯クナルに甘えてね。約束よ!」
「うん、ありがとう。星那、おめでとう」
「お兄ぃもね」
妹はいつの間にか兄の手を離れていく。それが少し寂しいような……でも間違い無く応援している。そんな、少し複雑な思いがした。
◇◆◇
その後直ぐに晩餐となり、大広間に集まっての食事会となった。
これだけの国の重要人物が一同に会する事なんてそんなに多くないから、思い思いに話して親交を深めている。そういうのを見るのも何となく嬉しくて、あっという間に食事は終わった。
んだけど、その後が問題だった。
「……え?」
「クナル、マサ借りてくぞ」
「え?」
食事終わりの挨拶をクナルがして解散! という流れだったのに、何故か俺は右腕をクライド妃に捕まえられ、その隣にロイや紫釉、星那にエルシー妃にと固められている。
これにはクナルも目をまん丸にしてポカン……とした顔をして反応が鈍い。そして反論無しは了承と取った人達がそのままズンズン俺を引っ張って会場を移動していく。
え? 俺どうなるの!
▼クナル
一瞬でもの凄い圧をかけられた俺が呆然としている間にマサを連れていかれた。今一体、何が起こったんだ!
「ま……マサ!」
ようやく慌てて立ち上がった所でポンと肩に手が触れる。見れば殿下が諦めきった目で俺を見ていた。
「無駄だよ、あれ。そもそもあの母上から奪還できると思うのかい? ロイやシユ王もいるんだよ?」
「あ……」
『不可能』の文字が浮かぶが、だからって大切な夫を奪われて黙っているわけにはいかない!
という覚悟の目をしたらもう片方の肩を燈実に叩かれた。
「いくらお前が強かろうと、紫釉様を相手には分が悪い」
言い返す言葉が見つからず頭を抱えてしまう。悪い事はないとは思うが、玩具にされる可能性は捨てきれない。マサが困っているのに助けてやれないなんて情けない夫じゃないか。
「そう心配すんな、クナル。独身最後の自由な夜ってやつだ。浮気と犯罪以外なら大抵許される最後の夜だぜ」
そう声をかけ、ニッと笑うヒルブラントの隣でヒルデも頷いた。
「ってなことで、俺等もどっかでパッと騒ごうや。ヴィンスの旦那とガンドーラの親父さんもどうだ!」
「ほぉ、悪くないな」
「まったく、騒がしい事だ」
そう言いながらも両名が立ち上がる。そして何故かスティーブンもだ。お綺麗なお坊ちゃんのスティーブンはこの無法地帯、大丈夫なのかよ。
「お子様は私がお預かりいたしましょう。旦那様、迷惑を掛けぬようお願いいたしますね」
そう言ってヒルデが瑞華の姉弟やユディト、リコを連れて行く。大人の馬鹿騒ぎに巻き込むのは流石に憚られる奴等だから、正直助かった。
「では、我々もまた別室でのんびりと話さないか、フェレンツ殿」
「良いですね、イライアス殿」
イライアス王とフェレンツがそう言って連れ立って席を離れていく。
残された面々はそのまま、城の遊戯室へと向かう事となった。




