207話 おまけの兄は異世界で幸せになります(8)
先にいたヴィンスと遜色ない逞しい体に赤いマントを着けた屈強な赤髪の男性と、彼に付き従う長い黒髪の怖いくらい迫力のある女性だ。
どちらも背が高く、頭には金属にも思える光沢の捻れた角が二本生えている。
顔立ちはどちらもはっきりとして派手な感じだ。
その中で男性の方がこちらを見て、鋭く野性的な笑みを浮かべた。
「マサ、来たぜ!」
「ヒルブラントさん!」
大きく手を振り、凶暴そうな笑みとは裏腹の無邪気な声を上げた男性。でもすかさず隣の黒髪の女性がその頭を高速でぶん殴った。頭、ガコン! と前につんのめりそうなほど揺れたんだけど……。
「静かになさいませ、旦那様。他国の王城で子供のような振る舞いはせぬよう、義父様からも注意を受けたではありませんか」
「ヒルデの容赦ないツッコミはいいのかよ……」
「お目付役です」
そう、彼女はものともせぬ様子で言ってのけ、こちらには天女のような柔らかな笑みを向けて一礼した。
「ドラゴニュート国ヒルガダンテより王太子ヒルブラントと、その妻ヒルデでございます。マサ様、クナル様、ご成婚おめでとうございます」
「ありがとうございます、ヒルデさん」
「相変わらずだな、ここの夫婦は」
綺麗なカーテシーのヒルデを俺は笑顔で歓迎し、クナルは苦笑する。この二人も西側との問題の時に出向いてくれて、力を貸してくれた人達だ。
黒く光沢のあるドレスに豊満な体を包むヒルデは次期王妃であり、ヒルブラントの抑止力でもある。ヒルブラントは面倒な事が苦手で暴れるのが早いと思うタイプだけれど、彼女は冷静で視界が広く、旦那がやらかす前に実力行使で止められる。これがドラゴニュートの王妃となるのに必須の能力なのだというから世界は広い。
どつかれたヒルブラントも頭の後ろを軽く掻いて近付いて、俺とクナルにニッと笑った。
「ったく、いつ結婚すんのかと待ちわびたぞ。クナルの奴はめっちゃ牽制してくるし、直ぐにでもガキが産まれるんじゃないかと楽しみにしてたってのにこんなに後ろ倒しとは」
「色々とあるんだよ、主に俺の上の方で」
「分かるぜ、そういうの。俺も何度か急かしに行こうかと思ったんだが」
「おやめくださいませ、旦那様。国際問題になりかねません」
「って、ヒルデの奴が俺をふん縛るから諦めた」
この夫婦の喧嘩はきっと誰も手が付けられないだろうな……なんて思うと苦笑いである。
そこでふと、ヒルブラントとヴィンスの目が合う。ここも顔合わせは済んでいると同時に、二人とも微妙に似た部分がある。
「よぉ、ヴィンスの旦那。相変わらずいい体してんな。また大きくなったか?」
「ヒルブラント王子には負ける。だが、私も鍛えてきたのでな。機会があればまたやりたいものだ」
そう言ってヴィンスは自分の腕に握りこぶしを作ってみせる。それにヒルブラントが大きく笑って、自分の腕を絡めた。
「デレクの旦那も誘って腕相撲大会だな!」
「相撲もよいぞ」
そう、この二人は筋肉愛好家であり、戦闘民族でもあるのだ。
血を流さない競技格闘技を教えたところ、すっかり愛好家となった。腕相撲と相撲が定番だ。
主に腕相撲はヒルブラントがやや優勢。相撲はヴィンスがやや優勢である。
何がって、デレクもこれに参加していてかなり強く、二人を打ち負かすテクニックもあるっていうのがな……。
「もう、好きになさいませ」
『怪我しても僕が治すから安心してね。でも、あまり怪我しないでね』
呆れ顔のヒルデと夫を心配するリコ。これに、俺達は苦笑するのだった。
そこに三度ファンファーレが鳴り、一人の男性が窮屈そうに礼服を着て入ってくる。
身長は俺と同じくらいで大きくはなく、そのくせ体は屈強でずんぐりむっくり。硬そうな黒い髭をどうにか整えた人は見た目からして頑固そうな職人に見える。
「ガンドーラの親父じゃないか!」
そうパッと目を輝かせ声を上げたのはヒルブラントだ。彼は大股で近付き、男の肩をバシバシ叩いている。これに男は明らかにイライラし、最終的に肉厚で大きな手でヒルブラントの背中を一撃。瞬間「グヘッ」という音が漏れた。
「五月蠅いわドラゴニュートの小僧! 儂は国王の代理できてるんだぞ。挨拶くらいさせろ!」
「相変わらずその一撃、すげぇ……」
豪華な赤い衣装がよれていそう。そしてヒルデが青筋立ってる……。
そんな事はお構いなしに、男はこちらに近付いてきて俺とクナルの前に立ち、ちょこんと頭を下げた。
「ドワーフ王ガンガーラの名代としてきた」
「ガンドーラさん、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる俺に、彼はちょっと耳を赤くしてそっぽを向いた。
彼はドワーフの職人でガンドーラ。ドワーフ王とは縁戚にあるらしいが、あの国ではそんなのは些末な事らしい。如何に腕が良いかがドワーフの重要度で、この人は国で一番の工房を構える立派な親方だ。
「ガンドーラの親父さん、久しぶり。あんたの作った剣は本当に凄いぜ」
「当然だ。あれだけの素材とお前さんの魔力を計算に入れて作っているんだ。壊してないだろうな?」
こちらはクナルの方が目を輝かせ、親しげな様子で話をしている。それもそのはず、クナルが今使っている剣はこの人が打ったものなんだから。
加護やら何やらで魔力が増えたせいか、剣にも魔力を込めてしまうようになったクナルは一時期剣を壊しまくった。彼の魔力に耐えられなかったのだ。
そこでドワーフの国に赴き、専用の剣を作って貰う事になったのだが……その素材集めも大変だった。
「ジャイアントアイスゴーレムの魔石に、ブルードラゴンの鱗。ミスリルまで使った特注だ。壊したらタダじゃおかん」
「後で見せに行くよ」
「手入れもしてやる」
そう、そんな大それた素材をガンドーラは要求したのだ。
おそらく揃えられないと思ってふっかけたんだと思う。でもこの時、俺達はヒルブラントとも挨拶をして、彼が面白がって同行していた。
そしてこの後は西側諸国連合に挨拶をする予定だったのだ。
この大変な素材集めだが、規格外の武力を持つヒルブラントと力自慢のヴィンス、そして運動不足のクナルという布陣が揃うと「やろう!」となる。そうして二ヶ月の間に本当に、これらの素材を揃えてしまった。
俺とリコも同行して、彼らの回復や食事の提供を行っていたのだ。
「そうだ。王より祝いの品は既にこちらに送ってある。後で受け取れぃ」
「おっ、そういや俺達もそうだ。いいの見繕ったから、後で見とけよ」
「我等からも祝いの品は送っている。役立ててもらいたい」
三人からそう言われて、改めてお礼を言う。その後で彼らは案内されてそれぞれヤンのヤンのと賑やかに去っていった。
「相変わらず嵐みたいなやつらだな」
「本当だね」
腰に手を当て苦笑するクナルに、俺も可笑しく笑って言う。
でも、俺は嬉しかった。最初はまったく知らない他人だった。ヒルブラントなんて「始祖様がお前等の助けになれって言うから」なんて、つまらなそうな顔をして挨拶にきたのだ。
まぁ、速攻でクナルとデレクが戦って実力を示し、更には殿下に絡め取られたんだけど……。
でも、それを含めて得た縁が今もこうして繋がっている。それが嬉しいんだ。
ラッシュは落ち着いて息がつける。と思っていると次のファンファーレが鳴る。そうして現れた二人を俺は笑顔で出迎えた。
「セレンさん! アルさん!」
俺の声に先を行く金髪の男性が柔らかい笑みを見せてくれた。
この人はエルフの森の次期国王のセレン。なんと、魔道具技師リンデンの兄だ。エルフの森は世襲制ではないようで、才能のある者が次の王となる。セレンは妖精女王とも契約をした優秀な人だ。
今日は白いゆったりとした金縁のローブに、同じく金の月桂樹を模した金輪をつけて神秘的かつ豪華な感じだ。顔立ちも良く波打つ金髪に青い瞳に長い尖った耳という、誰もが分かるエルフだ。
その少し後ろにはこれまた金髪美人の女性がいる。
きっちりと結い上げた髪にメガネで、有能な秘書という様子もある人がアルマニーラ。現在のエルフ女王ルルララ様の娘だ。
「マサ殿、お久しぶりでございます。お変わりなき様子で安心いたしました」
「セレンさんもお元気そうで」
適切な距離感と柔和な笑みは誠実なこの人らしい。
俺の隣に立ったクナルにも、彼はきっちりと挨拶をしていた。
でも少し気になるのは、やっぱり今回欠席のルルララ様の事だ。
元気で活発なエルフ女王は引退を考えている。急速に外交などはセレンへと引き継がれているし、新態勢が既に整っているとの事。今回も名代として彼を出すと言われた。
「あの、ルルララ様はお体の具合が?」
見た目は三十代くらいの若さだが、聞けば九百歳を超えているとか。
心配になって問えば、セレンはキョトッとした後で可笑しそうに笑った。アルも同じくだ。
「お元気ですよ」
「そうなんですか?」
「はい。母はまだ元気な内に私達に後を継がせて、残りの人生は旅などしながら諸国を巡りたいと言っているのです。ですので、外交はさっさとセレンに引き継げと」
「少しそれが急すぎるせいか、皆に心配されていますが。ですが、本当に元気ですからご安心ください」
ようは楽隠居したいって事らしい。それなら安心だ。今度また、手紙を書いてみよう。
二人が去るとまた来客が来る。けれど今度はクナルが少し硬くなった。




