204話 おまけの兄は異世界で幸せになります(5)
桜の枝から花が消えてしまった。その世界の中、後ろに気配を二つ感じる。その相手も確信できている。これはただの夢じゃなく、神様が俺を呼ぶときの場所だ。
「お別れとお祝いは、出来たかしら?」
そう、少し寂しそうな女性の声を知っている。もうずっと俺の中にいたんだ。
「あまり長い時間、引き留められなくてすまない。地球の神に協力してもらって、ギリギリまで会わせてあげたかったんだけれど」
柔らかな男性の声も知っている。この二人が、俺がこの世界にくる切っ掛けだったんだから。
ゴシゴシと涙を拭って、それでも潤むのは無視して振り向くと、そこには女神アリスメリノと、かつて邪神と呼ばれた主神アリスタウスがいた。
「メリノ様、タウス様、ありがとうございます」
そう頭を下げた俺に近付いた女神がパッと抱きつく。そして噛みしめるように「おめでとう」と言ってくれた。
そんな様子をアリスタウスが苦笑して見ている。
「この世界を救ってくれた君に、私達からも何かを贈りたくてね。それと、その後の事が確定したから一応報告かな」
そう言ってアリスタウスが指を鳴らすと辺りの景色が素朴な草原へと変わる。風の気持ちいい、爽やかな場所だ。
そこに腰を下ろした俺の前に女神とタウスの二人が座る。いつの間にかランチシートにお茶とクッキーまであった。
「まずはこちらの報告をしよう。今回、世界の種に呪いを仕込んだ神は全て処分された」
重苦しい声で伝えられるそれは、おそらく全ての元凶だったものだ。
世界は『世界の種』と呼ばれるものから産まれるらしい。
種を任された神は種を育てる事で世界を成長させるそうなのだが、今回この種に他の神がよからぬ細工をしたらしい。その結果、一時的に正気を失ったとはいえその後元に戻ったアリスタウスは世界の規約に縛られ力を搾取され続けて消滅しかけていた。
「どうしてそんなこと……」
「どの世界にも不良というのはいる。種を乱暴に扱い世界を育てないまま壊してしまったり、粗暴な振る舞いで他の神との和を乱す者だ」
「タウスも私も若いのに種を任されたのが気に入らなかったんですって。それで殺されちゃたまらないわ」
そんな理由で、この世界に生きる人がみんな危険にさらされたなんて!
憤る気持ちも大いにある。でも、タウスは苦笑した。
「だが、切っ掛けはこちらにあった。世界の規約に違反した者を永遠の牢獄に繋ぐ呪いだったんだ。そもそも規約に違反しなければ発動する事のないものだったんだからな」
「それは……そうかもしれませんが……」
でもそれは、愛した人が死んでしまったから。女神が神獣ラスィエルの嫉妬で殺されてしまったから。
神様だって感情がある。むしろこの世界の神様は感情豊かだ。だからこそだったと思う。
タウスは苦笑している。でも女神の方はムッと怒った顔だ。
「でも、卑怯だし重大な違反行為だったのは確かよ!」
「まぁね。結果、加担した神は全て神としての力を取り上げられて下界に落とされた。今頃、あちこちの世界に散らばって記憶も能力も封じられて生まれ落ちているよ」
「修行のやり直しね」と、女神が腕を組んで言うのには納得も出来る。きっと次はまっとうな……優しい生き方ができるといいんだけれど。
「まぁ、そうした縁で地球の神とも話が出来てね。苦言を呈されはしたけれど、やむを得ぬ事であるとも言ってくれた」
「ちなみに不良神の一人が地球出身だったから、謝罪のついでに今回の事をお願いしたのよ。この世界と神を救った人間への褒美として、彼の人生の節目に両親との面会を許す。だって! 回りくどいわよね」
「本当に、ありがとうございました」
お陰で少しすっきりした。そして、温かな思いが胸に残っている。両親に謝りたかった。そして、祝ってもらいたかった。
「そうそう、これも預かってきたんだ」
思い出したようにタウスが懐から何かを取り出し、それを俺へと見せてくる。
それは多分、お守りだ。神社とかお寺で売っているそのままズバリの見た目をしている。それが二つだ。
「両親への供養も気にしていただろ? これに、ほんの少し君の両親へと繋がるよう魔法をかけている。もう直接的な干渉はできないが、コレを持って祈るとその祈りは地球の神に伝わるようになっている」
「え!」
「供養の思いを両親も受け取れるから安心してね。片方は妹ちゃんに渡してあげて」
と、もの凄く簡単に手渡したきたけれど……これ、とんでもないアイテムなんじゃないか?
でも……正直嬉しい。今俺の中にあるのは優しい気持ちだ。手にしたお守りを通じてどことなく両親を思えるし、見守られている気持ちにもなる。
自然と微笑む俺を、二柱の神が微笑ましく見つめた。
「智雅には、本当に感謝してるわ。貴方がいなかったら、今頃この世界は滅んでたかもしれないしね」
「冗談ではなく滅んでいたよ。だが、そうならなかったのは君のお陰だ。改めて礼を言う」
「そんな! 俺は……俺は、この世界に来られて良かったです。皆に……クナルに会えて良かった。幸せですよ、凄く」
心からの言葉を伝える。それに、二人はほっとした顔で笑った。
「それなら良かった。結婚式、姿は見せられないが見守らせてもらう」
「いっぱい祝福送るからね!」
「えぇ! そんな、これ以上は……」
「何言ってるのよ! マサは私の神子なんだから、世界中で一番幸せにならないとね!」
「えぇぇ!」
腰に手を当て自信満々の女神に慌て、そんな俺達の様子を笑いながらタウスが見て……そんな事をしている間に俺は深く眠ったのか、気づけば朝だった。
「おはよう、マサ」
声がして、そちらを見たらクナルの優しい薄青い目がこちらを見ていて……俺はまたちょっと泣いた。
「どうした!」
「んっ、夢の中で……両親に会ったんだ。メリノ様とタウス様が会わせてくれた。おめでとう、幸せにって言ってくれたんだ」
叶うはずのない両親への結婚報告。それが出来た。俺の中の何かがじんわり溶けて染みこんでいく感じがした。
クナルは俺の話を隣に寝転がったまま聞いてくれる。優しく温かい眼差しと表情で。そして、全部を聞いて頭を撫でて、ゆっくりと抱きしめてくれた。
「よかったな」
「っ! うん……よかった。俺、ちゃんと言えた。幸せになるって、言えたよ」
温かく優しい腕の中でまだ涙声のまま伝えた。俺の全部を受けとめて、受け入れてくれる人に甘えながら。
ふと気づくと、昨夜まで無かったはずのお守りが二つ枕元にあった。一つは俺ので、もう一つは星那に。だから一つを握って、それをクナルの前に出した。
「これ、両親に繋がってるらしい。俺が供養したいって思っていたのを叶えてくれたんだ」
まるで彼に両親を紹介するような気持ちで伝えたら、クナルはキョトッとした後でふわりと微笑み、俺の差し出したお守りを俺の手ごと引き寄せて、そこに唇を落とした。
「初めまして、クナルです。マサを幸せにすると誓うので、どうか安心してください」
「っ!」
少し掠れた甘い声でそんな事を言われたら、俺の心臓は破裂してしまうかもしれない!
バクバク音を立てる心臓と真っ赤になっているだろう俺を見て、クナルは笑う。そしてより一層しっかりと抱き込んで尻尾まで足に絡めてきた。
「可愛い」
「もぉ、クナル!」
「食っちまいたいんだけど、ここまで我慢したからな。生殺しは辛い」
「っ!」
耳元で囁かれる甘く鋭い声に俺は余計にドキドキだよぉ。
でも……なんだかとても心地よい朝の余韻は嫌いじゃない。だからもう少しこのまま、彼の腕の中で眠っていたいんだよな……。




