203話 おまけの兄は異世界で幸せになります(4)
同じく肉をカットして、敢えてソースは付けずに差し出す。
肉食系獣人らしい鋭い歯と大きな口がパクリと食いついて咀嚼して、俺と同じ顔をしたのにグエンと二人で笑ってしまった。
「いや、美味いからな! 人生で一度は食べたい高級肉の一つだろこれ!」
皆のニタァとした視線に気づいたのか、彼は慌ててそう弁明している。それをまた笑って、俺も「可愛いな」なんて思ってもう一口自分で食べて至福の時。これを提供してくれたガンツには、後でちゃんとお礼を言わないと。
酒に肉まで提供されれば後は無礼講みたいなものだ。思い思いにお祝いを言って個別に乾杯しにきてくれる人達。それに応じて会話を楽しんでいると訪問者があって、見ればエルフのリンデンが入ってきた。
「賑やかだね」
「リンデンさん!」
「きたのか」
「呼ばれて良かったのかな? これで一応退団しているんだけど」
なんて苦笑している間に周囲が「酒だ!」とリンデンにグラスを持たせ、有無を言わさず俺とクナルと乾杯をする。次には「肉だ!」が始まっていた。
「相変わらずだね」
「あはは」
苦笑するリンデンだ。
エルフのリンデンは今も、この第二宿舎の魔道具全般の整備や導入を行っている。それに聖樹の森の一件もあって俺とはよく話をしている。
以前洗濯機を作ってもらったのもあって、リンデンは元の世界の家電に興味があるらしく、そういう話をするのだ。
ちなみに洗濯機は沢山の洗濯物が出る貴族の屋敷や城、ギルドなんかで重宝されてそれなりに売れているらしい。それだけ洗濯魔法は難しいということだ。
俺も生活魔法のレベルが上がった事で使える事にはなったけれど、未だに成功例が少なく洗濯機任せになっている事も多い。これは世のみなさん、苦労するよ。
他にも小型冷凍庫の提案もした。原因は牛乳屋のアイスクリーム。あれを家でも作りたいという要望が多く、商業ギルドでの提案もありレシピを売り出す事になったのだ。
氷系魔法が使えるなら苦労もないけれど、そうでなければ難しい。ということで、冷凍庫は『アイスを作る専用家電』という位置づけで小さなものが普及し始めている。
「そうだマサ、私から結婚祝いだよ」
「え?」
お酒を飲み、脇からフリートに肉を口に突っ込まれ「うま!」と目を見開いた後でリンデンがポーチから何やら出してきた。
それはペアグラスだった。形状としてはタンブラーか? 口の方は広く、そこから徐々に細くなっていく。全体の上三分の二くらいは硬質なクリスタルガラスみたいだけれど、下三分の一は銅のような赤味を帯びた金属が綺麗な装飾をされてついている。
そして、俺とクナルの名前が彫り込まれていた。
「氷の魔石を入れてあるから、中の飲み物が温くならないグラスだよ」
「ほぉ、いい物だな。よかったのか?」
「勿論。マサのお陰で私の工房も名が知れて、弟子が出来たりもしてね。何より売れ行きが少し怖いくらいで還元したいのに、マサは全然受け取ってくれないから。こういう時に何かしら返した方が気が楽なんだよ」
「あはは」
なんて、苦労話みたいに言われると少し申し訳ない。ただ、現状生活に困っていないし、俺は現代知識を少し話した程度で苦労した覚えもないから沢山貰うのは心苦しくて。
でも、そういう事ならここは貰っておいた方がいいだろうな。有り難い。
「なんだ、祝いの品を渡していいのか?」
そう言って近付いてきたのはフィンだった。しっかり肉は食べたみたいで、ペロリと唇を舐めている。こういうところ、ワイルドだな。
「実は俺も預かってきてるんだ」
「預かってる?」
「セナとスティーブン様、そして俺な」
そう言って彼がマジックバッグから取り出したのは、手の平に乗るくらいの綺麗な宝石箱だった。
四角い箱に精緻な模様が彫り込まれたそれは凄く素敵だ。
「これ、フィンが作ったのか?」
「おうよ。実は前に神獣のシムルド様……だっけか? あの人に会って話してさ、あんたらの結婚式のお祝いに困ってるって言ったら教えてくれたんだよ」
そう言って、彼は手の中の箱の蓋を開けた。
するとそこには綺麗な魔石が一つ嵌まっていて、そこから知っている曲が流れてきた。
「これ……」
それは元の世界の歌だった。確か結婚式の定番ソングだって、テレビでも流れてた女性歌手の曲。それをピアノの伴奏で、星那が歌っている。
「音の小箱か」
「セナが、この曲でマサの結婚を祝いたいって言ってな。ピアノはスティーブン様だ」
特別な日の幸せと、ここまで育ててくれた両親への感謝と、出会った大切な人への愛情。そして、明るい未来を歌った曲。俺でも知ってる、幸せな歌……。
「マサ!」
クナルが驚いてオロオロして、フィンも慌ててしまう。でも悲しいんじゃない。懐かしくて……幸せと一緒に切なくて、少し息が詰まっただけだ。
「大丈夫。懐かしい歌で、ちょっと涙が出たんだ。もぉ、恥ずかしいな」
こっちで暮らす事に後悔なんてない。でもまだ俺の中には元の世界だってあるから、それに触れると少しだけ寂しい。特に両親の事とか、まだ少し申し訳ないんだ。
小箱を受け取って、大切に抱える。フィンにお礼を言った後はもう、寂しさなんて引き摺らずに今を楽しむ事にした。
◇◆◇
その夜、夢の中で俺は綺麗な桜の木を見た。辺りは夜みたいに暗くて、でも桜の木だけはほんのりと光って見える。
そしてその木の下に、懐かしい二人を見て俺は駆け出していた。
「母さん! 義父さん!」
寄り添ってこちらを見ている二人の目にも涙があった。義父は礼服に白いネクタイで、母は着飾っていて。まるで結婚式の装いだった。
そんな二人に年齢も忘れて、俺は抱きついて声を上げて泣いてしまった。
「智雅、頑張ったわね」
「智雅くん、よかったね。この世界の神様に色々と聞いたよ。頑張ったね」
そう言って抱きしめてくれる両親はちゃんとここに存在していると思える感じがある。その二人に抱きつきながら、頭を撫でられ微笑まれて、俺は胸の内が一杯になってしまった。
「ごめん、母さん、義父さん……俺、二人を……」
俺が二人にちゃんと言えていたら、二人はまだ生きていたんじゃないか?
その思いがこみ上げて口にすると、二人は苦笑して首を横に振った。
「そんな事はないのよ」
「そうだよ」
「でも! 俺は義父さんが調子悪そうなのに気づいていたんだ。あの時止めていたら、事故は起こらなかったんじゃないか。母さんの調子の悪さも俺気づいたのに、病院に行っていたら」
「これが運命だったのよ」
そう、母は苦笑して言った。その言葉に、俺の胸はギュッと締め付けられた。
「智雅くんが背負う事じゃないんだ。あれはそういう定めだった」
「私もよ。例え病院に行っていても死ぬ場所が変わっただけだって思うわ」
「俺……」
それでも、何かをしたかったんだ。何もできなかった事が苦しいんだ。大好きだから、せめてちゃんと、したかったんだ。
グズグズに泣く俺の頬を母が手で拭ってくれる。そして、生きている時と変わらない優しい笑顔で言ってくれた。
「智雅は小さな時から気を遣って、色んな事を背負っていたわね。親として、申し訳なかったわ」
「そんな事」
「だからこそ、今日は嬉しい思いできたのよ。だって、結婚式なんて。智雅が幸せになってくれるんですもの。こんなに嬉しい事はないじゃない」
そう、本当に嬉しそうに目を細めて言う母。その横に義父もついて頷いてくれた。
「私も嬉しかったよ。義理の父親である私を受け入れてくれて、星那の事も大切にしてくれて、本当にありがとう」
「義父さん」
「沢山気を遣わせたと思う。血は繋がっていなくても、私は君を息子だと思っているよ。優しくて大らかで、皆を幸せにしてくれる自慢の息子だ」
そう言って、頭を撫でてくれる。
俺は、言葉が出なかった。一杯言いたい事があって、渋滞していて出てこない。ありがとうも、ごめんなさいも、幸せだよも言いたい。元の世界で供養とか出来なくてごめんって、謝らないと。こっちで、大切な人に出会ったよって、報告も。
全部聞いて欲しいのにしゃくり上げるばかりで、何も言葉にならない。
そんな俺を、両親は大切に抱きしめてくれている。
その時、ザッと桜の枝が揺れて花が舞った。
「時間ね」
「あぁ」
「え?」
名残惜しそうな両親が手を離す。それに驚いて、俺は二人を見た。二人は少し透けていて、この時間の終わりを思わせていた。
「まっ、待って!」
「智雅、幸せになってね」
「智雅くん、無理をしてはいけないよ」
「待って! お願い! 俺……母さん、義父さん、育ててくれてありがとう! 俺を、愛してくれてありがとう! 俺……俺、大好きだよ。大好き……ふっ……」
涙でグチャグチャになりながら言うと、母が駆け寄って俺を抱きしめる。義父も側に立ってくれた。
「私も、智雅の事も星那の事も大好きよ」
「私もだ。二人が幸せになってくれることを願っているよ」
「ありがとう……俺、幸せになるから……絶対、幸せになるからねっ」
ギュッと離さないように抱きしめている体が透けていく。そうしてもう一度、ざっと桜が舞った頃に二人の姿は幻のように消えてしまった。




