202話 おまけの兄は異世界で幸せになります(3)
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翌日、宿舎はどこか浮き足立っていた。今夜は俺とクナルの結婚祝いのパーティーだから。
グエンの許可で今日は訓練はなし。巡回以外は夜の準備だって酒の買い出しやら会場の設営をしている。そして俺とクナルは秘密だってことで手伝い禁止。現在リデルの医務室でチビちゃんを相手にしている。
「なんか、落ち着かない」
「分かりますよ」
笑って温かなお茶を出してくれたリデルの側に腰を下ろす。ゼルは既に寝返りが完璧で、もう少しでハイハイをしそうになっている。
ただ、驚くべきはリュシーだ。この子、もうハイハイが出来る。
実はこっそりと鑑定眼で見た事があるんだけど、ゼルは物理攻撃系が得意なスキルとステータス。一方リュシーは水、火、木、地、光魔法への適性があり、しかも回復魔法も中級まで使える。魔力量もとても高いので、恐ろしく魔法特化だった。
真っ直ぐいい子に育って欲しい。
「クナルは今頃フィンを迎えに行っていますしね」
「会うの数ヶ月ぶりかな?」
彼はいつ会っても変わらず、口の軽いイケメンの狐獣人だった。
以前国境の町レナウォンで出会った第二騎士団のもう一人の副団長フィンは、その後遠征部隊の隊長としてほぼ王都にいない生活をしている。クナルが俺と婚約して、正式に王都詰めとなったからだ。
これだけで申し訳なかったんだけど、彼は「書類仕事苦手だから助かるわ」なんて言って笑ってくれた。
部隊自体は半年に一回入れ替わる。去年の春には第一部隊が王都常駐となり、サンズ達第二部隊が遠征組としてフィンについていった。
今は第二部隊が王都常駐となっている。
「フィンとクナルはここにきた経緯が似ていて、性格的にも合いますから。今も仲の良い友人ですね」
「そんな感じがする」
「だから余計に、クナルがトモマサさんを見つけてしまって寂しいようです。恋人欲しいと言っているようですよ」
でも同時に「旅暮らしだと難しい」とも言っていた。これも申し訳ないのだ。
そんな事をしているとドタドタと正面玄関が騒がしくなり、その足音がこちらへと近付いてくる。そして予想通り、思い切りドアが開けられた。
「シャァァ!」
「お? 元気な威嚇だなチビ助」
そう言ったのはフィンだった。相変わらずの高身長に銀の髪。普段は短めだけれど、今は無精したのか少し伸びて、邪魔そうに首の後ろでちょこんと結ばれている。
大きな三角形の狐耳ともふっとした尻尾を機嫌良く揺らしながら近付いてきた人が、彼を見て威嚇するゼルをヒョイと摘まみ上げた。
「フィンさん、丁寧に!」
「大丈夫だって、デレク隊長のガキなら強い」
というか、こういう扱いをするからゼルが威嚇するんじゃ……。リデルを見ると彼も苦笑いだ。
「マサ、帰った。って、フィン少し雑だぞ。一応まだ赤ん坊だ」
「赤ん坊が俺に向かって爪立てるかね?」
摘まみ上げられ怒ったゼルが手をゼルに出している。それがまるで猫パンチなのが可愛い。
そんなフィンの手からゼルを奪い取ったクナルが腕の中で軽く揺すると静かになる。これにフィンがニタァと笑った。
「父親になる気満々か?」
「皆で面倒見てんだよ。慣れるっての」
呆れ顔のクナルだけど……俺もちょっと、想像してしまった。クナルの腕に抱かれる赤ん坊とか……でもそれって……つまり。
「トモマサさん」
苦笑するリデルが何を言いたいのかは分かる。俺は今顔が真っ赤になっているだろう。手で触っても頬が熱いんだ。色々想像してしまって……だって、一年も気持ちの準備期間があれば想像くらいはするじゃないか! 俺だってクナルの事、好きなんだから。
「マサ」
不意に名を呼ばれる。熱いままの顔を上げてクナルを見ると、彼は腕の中のゼルを俺に渡すついでみたいに体を寄せ、耳に吹き込むように低く言った。
「可愛い顔してると、襲っちまいそうだ」
「っ!」
途端、心臓が跳ね回って余計に体が熱くなる。もぉ、そういうところだぞ!
でも……ちょっと期待もしてるんだよな。寸止めみたいなのばかりだったから、ちゃんと、その……。
そろっと彼の顔を見て、恥ずかしくて逸らしたらしばらく目を見られない。そんな俺を、クナルはおかしそうに笑うのだった。
◇◆◇
そうして夜、俺は誘われるままに宿舎の中庭へと出て声を上げた。
綺麗な星空の下、桜に似たピンク色の花が雲のように咲くその下に俺とクナルの特別席が用意されていた。
立食式のパーティー会場は小さなランタンが柔らかな黄色い明かりを灯し、出された机には色鮮やかな料理が並ぶ。皆が用意してくれたものだ。
天蓋を張った特別な焼き場にはグエンがいて、昨日のロイヤルシープを切り分け焼いている。
風の柔らかな場所にゆりかごと毛布が用意されて、リデルもそこで参加している。
そして取り仕切りをするデレクが、こちらを見てニッと笑った。
「おう、来たな。まずは座れ。おーい! 誰か酒回せ! 始めるぞ!」
その声で俺達の手を取ったのはサーバルキャット獣人のキリクとキマリだった。
「マサ、行くよ!」
「クナルもだよ。今日の主役なんだから」
双子らしく息のあった様子で先を促され、桜の下に。そこにすかさず狐獣人のフリートとイタチ獣人のサンズがグラスに入った酒を置いていった。
「よーし、グラス回ったな! 音頭取れ!」
「いや、それ団長の仕事でしょ!」
「おっ? そっか」
なんてとぼけて、皆に笑われて。
そんなデレクが俺達の前に出てきて、柔らかく目元を緩めた。
「マサ、クナル、おめでとう。まさか、こんな日が来るとは思ってもみなかったんだけどな」
なんて、照れくさそうにしている。
思えば俺がここに来る切っ掛けをくれたのはデレクだった。星那の召喚に巻き込まれたと思われた俺を助けて、この宿舎の家政夫にって言ってくれたのが彼だから。
それがなければ今、俺の人生はまったく違ったものになっていたかもしれない。
それに、クナルを俺の護衛にって言ってくれたのもデレクだった。
「お前等二人はとにかく頑張ってきたし、今も皆を支えている。そんな二人がこうして、幸せであるのは嬉しい事だ。今後も頼むぞ」
「あぁ、団長。あんたには恩義もあるからな。これからも頼む」
「俺も、デレクにもここの皆にも沢山お世話になって……この世界に受け入れてくれて俺、嬉しかった。本当にありがとう」
色んな思いが込み上げる。ここに来てから、遠征もしたけれど宿舎が家になっていた。ここに帰るのが安心だった。ここは、俺にとって大切な居場所になった。
そう思ったらまた目元が熱くなる。最近涙腺緩んでるな。歳かな?
そんな俺を、クナルがそっと肩を抱いてくれて、他の人も温かく見守ってくれる。
デレクがグラスを高く上げるのをきっかけに、皆が同じようにする。俺も鼻声で同じようにグラスを掲げた。
「クナル、マサ、結婚おめでとう! 乾杯!」
「「乾杯!」」
わーっと大きな祝福の声と楽しげな声。酒を飲み干す皆の楽しそうな顔を見ているとそれだけで胸の中は一杯だ。
乾杯の後は騎士団らしく賑やかなものだった。まずはグエンが焼き上がったばかりのステーキを皿に乗せてやってきてくれた。
「まずは主役が食わないとな」
ニッと笑う顔は料理人として自信あり! という感じがする。
立ち上がる香ばしい香りが食欲をそそる。程よく焼き目がついていてとても美味しそうだ。
添えられたのは俺が教えたステーキソース。すりおろした玉ねぎを使った醤油ベースの和風ダレだ。
隣でクナルが嬉しそうに肉をカットしてタレを付けて……何故か俺の方へとフォークを差し出してくる。分からず固まると、見ていたグエンがニタァと笑った。
「ほれマサ、食わないと」
「え?」
「マサ、口開けろ」
「えぇ?」
見れば周囲もニヤニヤしている。もぉ、恥ずかしいなぁ!
でもやらなきゃ終われない雰囲気に覚悟を決めて口を大きく開けると、クナルがそこに肉を入れてくれる。
ふわりと香る肉の香ばしい匂い、厚いのに柔らかく俺の歯でも噛み切れる肉質、そして噛むとジワッと溢れる肉汁の甘さと美味しさでちょっと脳がパニックになった。素材の味だけでこれだけ凄いって!
「あふ! あっ、こぇ、おいしぃぃ」
「あははっ、だろ?」
嬉しそうにグエンが腰に手を当て胸を張って笑っている。これに俺はキラキラの目で頷いて……隣でお返しを求めるクナルも無視はできなかった。期待の目と、ピンと立った尻尾が可愛すぎた。




