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【完結済/毎日20時】おまけの兄は異世界で騎士団のお世話をします  作者: 凪瀬夜霧
3章 女神の使徒→救世の聖人
201/231

201話 おまけの兄は異世界で幸せになります(2)

 それはまだ実感が湧かない……言うなれば夢の中の事みたいに思えている。悪く言うと他人事のような、地に足のついていないふわふわな状態に思える。

 でも準備は確実に進んで、なんだか国家単位での大行事状態だ。多分これも実感が湧かない理由だろうな。当事者なのに衣装合わせ以外全部他人任せなんだ。


 窓の外を少し強めの風が吹いて、桜色の花びらを讃えた枝が揺れる。もうすぐ満開になるその花は妙に故郷を思わせて、少しだけ切ない気持ちも思い起こした。


◇◆◇


 ゼルと遊んで、リュシーは母リデルの腕に抱かれて少しの時間を過ごし、いつの間にか二人とも眠ってしまった所でお暇して、俺は町に出た。

 慣れた町並みは今日も賑やかで沢山の笑顔がある。多分昔よりも行き交う獣種が増えた。これは西の騒動の時から今も続いている。


 西の騒動はいい面もあった。それはあちら側の一部が国交を開いた事だ。

 閉塞的で似た獣種で小国を作り決まった相手としか取引をしていなかった場所だが、全ての国がそういう思考だったわけではない。特に若い君主の国は外への関心も強かったのだが、慣習によってそうできなかった。

 足並み揃わないとハブられるやつだったらしい。

 でも今回ベセクレイドを知り、国の発展や技術の交流を押し進めた国もそれなりにあったのだ。

 そういう国々の人が近年、色んな国へと出てきている。


 キリンとか、ナマケモノとか最近になって見たな。


 そんな事で行き慣れた食品通りへと向かうと店の方から声をかけられた。


「マサ! 丁度良かった!」

「ガンツさん?」


 肉屋の豚獣人ガンツがこちらを見て手招いている。首を傾げて近付いていくと、彼は奥から大きな肉の塊を持ってきた。

 見るからに柔らかそうな桜色でくどくない程度のサシ。脂が透き通るような輝きがある。


「ロイヤルシープっていう、高原にいる羊の魔物だ。草食だから臭くないし、魔力の高い餌を好んで食ってるから魔力回復も出来るんだぜ」

「羊! こんな美しい肉が」

「だろ? お前さんの結婚祝いには美味い肉をと思って仕入れに行ったら偶然手に入ってよ」


 腰に手を当て満足そうに笑いながら、ガンツはそれを包んで俺に押しつけてきた。


 え?


「いやいや! こんな明らかに高級な食材貰えませんよ! お金払います!」


 大焦りで財布を出したら、ガンツが「俺の面目を潰すな!」と言って肉も財布もマジックバッグに押し込んでしまった。えぇぇぇ……。

 困っていると肩に肉厚の手が置かれる。そして、凄く優しい顔をされた。


「この世界も神様も救った聖人様だろうが。その祝いの日にくらいしか、日頃の礼とかできないだろ」

「ガンツさん……」

「お代は気にすんな。お前さんの結婚祝いをどうするか、ここらの奴と話し合って出し合ってたんだ」


 そう言われて、周囲の視線にも気づいて見回すとお世話になってる店の人達がこちらを見て笑ってサムズアップしている。それだけで俺の気持ちはパンパンになって痺れて、ちょっと泣けてきた。


「ありが、とう……ございます。嬉しいです」

「おいおい、その涙は当日までとっとけよ。パレード見に行くからな」

「はい!」


 ここが、俺が選んだ世界。異世界からきた俺を優しく、温かく受け入れてくれる大切な場所なんだ。


 その後も買い物をして、いつも以上におまけをされて宿舎に帰ってくるとグエンが涎を垂らしてロイヤルシープの肉を見つめた。


「超高級食材!」

「やっぱりそうだよね……」


 だって、見た目からして肉の格が違ったもん。


「虹色草っていう魔力の高い高原の餌ばかり食ってる偏食な魔物でよ。草食だからそんな攻撃的じゃないが逃げ足も速い。しかも好戦的じゃないってだけで光魔法バンバン打ってくる奴等だ」

「そんな凄いお肉、俺の為に用意してくれて……良かったのかな?」


 聞けば聞くほど申し訳ない。けれどグエンは笑って頷いた。


「あいつらの気持ちだから、有り難く美味しく喰おうぜ。丁度明日、宿舎で婚前パーティーだろ?」


 そう、明日は宿舎で俺とクナルの結婚を祝うパーティーが開かれる。遠征部隊隊長の狐獣人フィンが明日、俺達の結婚式に出席するために戻ってくるのだ。

 王城で行われる俺達の結婚式に、宿舎の皆は町と城の警護という形で出席してくれるけれどパーティーへの参加は隊長のデレクと副隊長のフィンだけだ。

 それでは寂しいから、無礼講で明日行う事になったのだ。


「ステーキもいいよな。シンプルに塩だけで美味いぞ」

「想像だけでお腹空くね」


 目の前の肉は間違いなく三百キログラム以上ありそうだから、多分十分……だよね?

 お肉大好き第二騎士団だとこれだけの巨大肉でも心配になってくる。でもまぁ、ケチケチするのもよくないよね。


「楽しみだな」

「うん」


 そう言って二人でニッと笑って、とりあえず肉は俺のマジックバッグに。時間経過のない優れものだからな。

 そうして今日は普通に夕飯の準備。頑張ったみんなが元気になれる、そんなご飯を今日も作ります。


◇◆◇


 こんな話を風呂も終わって部屋でクナルにすると、目の色が変わった。


「マジか! 明日ロイヤルシープの肉食えるのか!」

「やっぱり、そんなに美味しいんだ」


 風呂上がりのまだ湿り気の残るクナルの髪を後ろからタオルドライしつつ、こんな話をする。これがもう日課になっている。


 既に俺達は同じ部屋で生活している。少し早いけれどデレクとリデルの部屋みたいに二部屋を一つに作り替えて引っ越したのだ。

 キングサイズのベッドに、二人分の服を入れるドレッサー。本棚は少し多めで、手紙を書いたり出来る机もある。窓際には二人掛けのテーブルセットがあって、この後そっちに移ってのんびりとお茶を飲む予定だ。


 誰かと同じ部屋で生活する。しかも相手は大切で、大好きな人だなんて想像できなかった。最初は恥ずかしくてカチンコチンになってクナルに笑われた。


 そして、約束してくれた。『結婚までに覚悟決めろ』って。


 覚悟って……そういう覚悟だよな。意識すると今でも顔が熱くなって仕方が無い。でもこれは恥ずかしいだけで、嫌なんじゃない。実際、触られるとムズムズして、嬉しくて恥ずかしくて顔が上げられないんだから。


「あいつら、肉は軟らかいし味は美味いしでよ」

「でも、出回らないんでしょ?」

「だな。数はそれなりにいるから遭遇率は悪くないんだが、逃げ足速いんだよな。罠使うのが一番だ」

「そんなお肉が流れてくるなんて、ラッキーだね」

「……どっかの貴族がおめでたで、毛の方をご所望だったとかか?」


 首を捻りながらクナルは言って、俺をベッドに座らせ今度は俺の髪を拭き始める。自分のが乾いたら今度は俺。これも定番になってきた。


「羊だから、羊毛の需要があるの?」

「こっちも最高品質だ。毛糸にすれば純白で、光の当たり具合では虹色の虹彩を放つ。保湿と保温性が高く吸湿性もいい。そしてもの凄く柔らかい! これで作る枕が貴族でもステータスレベルで高級なんだが、赤ん坊の寝具に使われる事が多い」

「そうなの?」


 確かにそんなに柔らかい枕なら寝心地いいだろうけれど。


「夜泣きをする赤ん坊をこの寝具で寝かせるとぐっすり眠れるってんで重宝するらしい」

「凄いね」


 それを聞くと俺はリデルにあげたくなる。三時間毎の授乳って、何気に母親の精神と体力を削るよな。


「妊娠が分かった時にお祝いとして贈られる事もあるんだ。で、奴等は毛が欲しいから肉は冒険者の取り分ってことでギルドに卸される」

「なるほど」


 それなら納得だ。


 短い俺の髪だと直ぐに乾くのに、それでもクナルは名残惜しそうにしている。後ろから腕を回して俺の事をすっぽり腕の中に入れてしまうのも、クナルのお気に入りだ。


「マサ、いい匂いがする」

「クナルと同じ泡玉石使ってるよ」


 あれは本来無臭なのだが、俺が触ると全部が程よい石鹸の香りになってしまった。現在宿舎浴場の泡玉石は全て石鹸のいい香りがする。

 それでもクナルは俺の髪や首筋に鼻を近づけてくる。


「それとは違う匂いだって。甘くて、優しくて……ほっとするのに欲情もする匂いがする」

「っ」


 唇が触れそうな首筋を感じてヒクリと体が動く。それでもクナルは止まらない。後ろから俺の首をチロッと舐めて、そこにキスをした。


「たまんない……腹の減る匂いがするんだよな、あんた」

「分かんないよぉ」

「獣人なら分かるんだけどな。でも……悪くないって顔してるぜ」


 振り向いた俺とクナルの目が合う。彼はスッと鋭く目を細めて、俺の唇に触れた。クナルの唇が俺を啄み、促される。僅かに開いた隙間から舌を差し込まれて、俺は背にゾクリとしたものを感じた。


「クナル」


 唇が離れ、甘えた声が自然と出てしまう。目の前が少しぼやけている。

 その先で、クナルは困った顔で笑い頭を撫でてベッドに寝転がった。


「あれ? お茶は?」

「ん? いや、今日はいいかなって。それよりこのまま、あんたを抱っこして寝たい」


 甘えた顔と声で言いながら手を伸ばされる。随分大きなお子様だ。

 でも俺もこれには賛成。クナルの手を取ると引き込まれて、彼の逞しい胸の上に。そしてそのまま閉じ込められてしまう。


「五日後か……長かったな」

「そうだね」

「マサは今、幸せか?」


 そう、伺うように問われる。そんなの聞かなくてもわかるだろうに。


「当たり前だろ?」


 返したら、心底嬉しそうな笑顔とキスが返ってくる。

 これが、俺達のとても幸せな夜の時間だったりするんだ。

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