199話 救世の聖人(16)
「さて、そうなると幾つか、申し訳無い事があるんだ」
「申し訳ない?」
ここでパンと膝を叩いたタウスが苦笑する。目を細め、本当に申し訳なさそうに。
「まず、メリノが君に与えた力を取り上げなければいけない」
「あぁ……」
俺の持つ特殊な固有スキル『祈り』は、そのまま女神の力を代行するものだった。正直これは俺も持て余すから、目的を達成した今となっては引き取ってもらう方がいい。
それを伝えると、タウスは申し訳なさそうに苦笑して女神に頷き、彼女が俺の額に触れる。すると俺の中から何かがスルスルと抜けていくのを感じた。
「本来であれば神の恩人である君には何かを渡すべきなのだが」
「いえ、祈りの力は俺には過ぎた力なので、正直怖いです」
願えば叶うなんて、流石にこれ以上持ち続けるのはどうかと思う。便利なものも使い方を間違えば大惨事になるんだ。
「そのかわり、私から祝福のスキルを渡すわ」
「祝福?」
それは何? と問うよりも先に女神が俺の額にキスをする。すると今度はそこが温かくなって、俺の体に力が馴染んでいくのを感じた。
「祝福のスキルは誰かの幸せを後押しする力よ。幸せになって欲しいと思う人を祝福すれば幸せに、頑張りが実るようにと願えば努力に応じた結果に。誰かの幸せを引き上げる一助になるスキルなの」
「! ありがとうございます!」
多分俺はこれでいいんだ。思った事を現実にするんじゃなくて、誰かの背中をそっと支えて前に押し出せる、そんな力でいいんだと思う。
にっこり笑う俺に、女神もタウスも嬉しそうに笑った。
「他のスキルは少し色をつけておくわね。浄化スキルと回復スキル。これらが遺憾なく使えるように聖魔法スキルも付与しておく。これまで通り願えば発動するわ。ただし、人を傷つけるような聖属性魔法は使えないから」
「十分です」
「生活魔法も少し引き上げておくわね。鑑定眼はこのままで……意思疎通もつけておくわ。妖精族にも知り合いがいるでしょ? 彼らとも会話ができるように」
「ありがとうございます!」
なんか、凄くいっぱい貰っている! 逆に恐縮してしまうと、二人に笑われてしまった。
「あとは、私からの加護。幸せに、健康に過ごせるように守りの加護を」
「私からも加護を渡そう。これからの生で、多くの導きが君を助けるように」
そう言って、二人は俺の手を握って力を分けてくれる。それはクナルにもで、二人は悪戯みたいに人差し指を立てて「しーっ」と合図をする。ニンマリと、いい笑顔だ。
「さて、一通り終わったか。私とメリノは暫く人前に出る事は極力避ける事としよう。力の回復もしなければならないしね。だが、縁を結んだ眷属達はこれまで通り地上を守ってもらう。これからも縁を繋いでくれ」
「はい、ありがとうございます」
別れの時が近付いている。そんな雰囲気を感じる中、女神が俺をギュッと抱きしめる。ほんの少し涙ぐむ彼女をどうしていいか分からずタウスを見たら、彼は苦笑するばかりで助けてはくれないようだ。
「本当にありがとう、智雅。貴方がいなかったら私、ここに辿り着けなかった。タウスを取り戻すなんて、出来なかったわ」
「女神様……俺こそ、ありがとうございます。女神様が俺を呼んでくれなかったら星那と離ればなれのままですし、クナル達とも出会えなかった。沢山の大事な人を救えませんでした」
ここまでで何人か、命を失う筈だった人もいたんだ。でも、失わずに済んだ。それは女神が力を貸してくれたから。
背中に手を伸ばして、互いに抱きしめて……やがてその背を軽く叩いて健闘を讃えあう。近い顔に涙と笑顔を浮かべて。
「また、会いましょうね」
「はい。また会いましょう」
「絶対よ!」
そう言って、彼女は離れてタウスの側に。俺はクナルの側にいる。
世界はそっと薄れて幻みたいに消えていって、俺も眠くなってクナルの手を握ったまま眠ってしまった。とても温かい夢から、現実に戻るみたいに。
◇◆◇
目が覚めた時、そこは透明な光の中だった。
下生えの草が体をしっとりと濡らしている。湿気を含む空気の匂いがする。音は微かに、熱は確かに。
隣を見れば色鮮やかなクナルがいて、俺と同じタイミングで目を開けていた。
薄青い瞳が俺を見て、柔らかく細められる。嬉しそうに、幸せそうに。
俺もそれと同じ顔をしていたんだと思う。鼓動が二つ、確かに時を刻みつける。
「戻ったな」
「うん」
「マサ、おはよう」
「っ! うん、クナル、おはよう」
魔の森と呼ばれたそこは今、清浄な空気に満たされ柔らかな陽が入り込み、不穏さなど消えている。
そのど真ん中で横たわる俺達は何でもない朝を迎えたように、互いを抱きしめあって幸せな日常を交わした。
これにて「救世の聖人」終了です!
読んで頂き、ありがとうございます。
明日からは最終章、マサとクナルの結婚式です。
よろしくお願いします。




