197話 救世の聖人(14)
睨む俺を見て、女神は驚いた後で苦笑し、頭を撫でてくれた。
「ありがとう、智雅。怒ってくれたんだ」
「だって!」
「うん、分かる。私もこのままになんてしない。でもまずは彼を救わないと。力を、貸してくれる?」
これに、俺もクナルもしっかりと頷いた。
三人でアリスタウスの元へ向かい、改めて見つめる。白い肌と茨、そして黒い水晶とバラの様な花が毒々しく思えてくる。表情はやや辛そうだけれど、穏やかな様子が見て取れた。
「この茨をまずは何とかしなければなんだな?」
「えぇ」
女神の返答にクナルは手に魔力を溜めようとしるが、直ぐに首を傾げる。魔法も発動しないみたいだ。
「上手く魔力が練られない?」
「ここは神域だからね。普通の魔法は通用しない。想いが全てなのよ」
そう言われて、クナルは一生懸命力を振り絞る。すると手の中に小さな雪の結晶のような物が出た。
「これが限界か」
悔しそうな顔をする彼を見て、俺は確信する。俺ならきっと出来ると。
これまでだって散々、心で魔法を使ってきた。何を望んでいるのか、それを願い祈ってきた。今の俺も魔力を感じる。そして人を思う心はちゃんと俺の中にある。
太い茨の一つを握り、俺は目を瞑る。願うのはアリスタウスの解放と、この茨が枯れる事。
ジワジワと魔力を流すが、最初は上手く浸透していかない。そこでふと、シムルドを助けた時の事を思い出す。相手の魔力に上手く乗せるように自分の魔力を変換して、馴染ませて……。
ジュッと、何かが焼ける感じがする。でも俺は痛くない。見れば握っている茨が明らかに力を失って萎れている。勢いよく引きちぎるつもりで腕を引くと、ブチブチ! という音を立てて茨の一本が引きちぎれた。
「やった!」
「すごいぞ、マサ!」
思わず歓喜の声を上げると、後ろからクナルが褒めてくれる。それがとても嬉しくて笑ってしまう。どうも俺、ここでは感情が抑えられないみたいだ。
ここからは女神と一緒になってひたすら茨を枯らした。いっぺんにやると雑になって効きが悪いみたいだから、一つずつ。案外疲れてきて額の汗を拭うと、後ろからクナルが肩に手を置いて魔力を送ってくれた。
「クナル?」
「足りなかったらもっと送る。俺はここでは魔法が使えないみたいだしな」
送られてくる魔力を取り込むと温かい。彼の一部が自分に流れてきてるんだって意識したら嬉しいけれど恥ずかしくて……言い方悪いけれど、ちょっと興奮もする。俺の中にクナルが溶け込むみたいだ。
「ちょっと智雅、一人でイチャイチャ妄想しないでよぉ」
「うっ、ごめん」
「妄想?」
「智雅ったら、クナルの魔力が自分の中で一つになるのエッチって興奮してるのよ。案外むっつりよね」
「わぁぁぁ!」
色々と隠しておきたい所をバラされた。俺は顔から火が出そうなほど熱くなってクナルを見たら……彼も真っ赤になって口元を押さえてそっぽを向いてしまった。
「クナル?」
「いや……確かに、エッチだなと」
「……」
俺が更に熱を上げたのは、言うまでもない事だった。
そんな事がありつつも作業を進める。クナルが魔力をくれる事で俺も頑張れて、残すは一本のみ。一番太い茨はそれ一本でもアリスタウスの体を水晶に縛り付け、腕を拘束し胸元に突き刺さって大輪の黒いバラを咲かせている。
そしてこいつには俺も、女神の力も上手く通用しなかった。
「こいつが大本ね。なんとかしないと」
そうは言うがどうしよう。何度強く願っても枯れてくれないどころか、魔力が入っていくのを拒んでいる感じがする。
「邪神が目を覚ませば抵抗できないのか?」
「……やってみる」
やや考えた後で、女神はそっとアリスタウスの目の前に移動し、手を伸ばす。項垂れた顔に触れ、撫でていく。その指先に僅かな魔力を纏わせて。
「タウス、起きて。助けにきたよ」
切実な声音でそっと語りかける。すると僅かだけれど睫がむずがるみたいに揺れて、徐々に瞳が開いた。
紫色の瞳は虹彩に金の星を散りばめたように綺麗で、黒く長い睫がけむるみたいだった。
「タウス!」
しばらくそんな、今を映していないようなぼんやりした様子だったアリスタウスに女神が声をかける。視線が声の方へと向かい、また数秒眺め……次第に力が入るのが分かった。
焦点が合って、次にはとても優しい笑みを浮かべたのだ。
「あぁ、良かった。私の大切なお姫様、元気にしているんだね」
「タウス!」
首に腕を回し喜びに涙を浮かべた女神の様子に、俺は胸がジンとする。素直に良かったって思う。その背中を、クナルがポンと叩いて労ってくれた。
「ここは神域かい? 私は随分眠っていたみたいだけれど……様子がどうにもおかしい。それに、そちらは?」
「順を追って説明するね」
明らかに不審者を見るように目を細めた人に、女神がそんな事を言う。一瞬攻撃されるんじゃないかと怯えたけれど、直ぐに女神がとりなしてくれて解決できた。
その後は、事ここに至るまでを女神の口から説明された。これを、縛られたままのアリスタウスが真剣に聞き、流れで俺達も自己紹介をする。これに、彼はしっかりと頷いてくれた。
「そうか、メリノがそんなにお世話になったのか。改めてありがとう、智雅、クナル。我等の世界の為に、本当にすまない」
そう言って、彼は頭を下げてくれた。
「まだ礼を言うには早いだろ。現状をどうにかしないと」
危機的状況にしてはのんびりとした空気の中で、クナルは当然と言う。これにタウスは頷いてくれた。
「おそらく、種に仕掛けをされたんだね。気付けなかった私の落ち度だ」
「普通やらないんだろ?」
「当然だ。世界の種に仕掛けをし、神を陥れる事は世界の崩壊に直結する。神の世界でもタブーだ。けれど、それが分からないのがクズと呼ばれる神達なんだ」
「そんなの神にしとくなよ」
「あははっ、本当にね。大丈夫、私が無事に解き放たれればもう神ではいられない。確実に息の根止めるから安心してくれ」
神様にしては朗らかで距離感が近いタウスは笑顔で何か怖い事を言っている。
けれど……まずはこの人の解放が一番だ。
「どうしたらこれ、取れるかな?」
「そうだね……三人で、今までと同じく私の解放を願ってくれるかい? 同時に私は拘束を解くよう抗うから」
それで上手くいけば解放される。残る力はけっこうギリギリかもしれないけれど。でも、まずはやってみようとなった。
アリスタウスを三人で囲い、互いに手を繋いで輪になる。女神は俺の手に宝珠を握らせた。
「行くよ」
その言葉を切っ掛けに、俺達は目を瞑り一心に祈る。アリスタウスの解放を。
同時に彼も解放を命じているんだろう。足元から凄く強い力が湧き上がってくるのを感じる。少し怖いくらいだ。
願いは力。想いは力になる。今ここでこの人を失えば、この世界は壊れてしまう。
デレクやリデル、グエン。この世界に来て俺の事を見守って仲間にしてくれた人。
殿下やロイ、ユリシーズや国王一家。俺の事を認めて、面倒を見てくれた人々。
紫釉や燈実、旅先で触れあった多くの人。俺を信じて、力になってくれた人々。
星那はずっと俺の味方で、俺が間違えそうになると引き留めて、同時に背中を押してくれた。
蒼旬、シムルド、瑞華、セヴァン。俺達のピンチに幾度となく駆けつけてくれて、助けてくれて、時には友人のような時間を過ごした人。
何より、ここまでずっと側にいて俺を支えて愛してくれたクナル。俺の、大切な人。
俺は彼らの暮らすこの世界が好きだ。最初は凄く戸惑ったし、帰れない事に落胆もした。けれど今はもう、この世界にいたい。ここは、俺が暮らしたい場所なんだ。
簡単に、壊されてたまるか!




