196話 救世の聖人(13)
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ふっと、意識が戻った感じがあって俺は目を開けた。そして直後に違和感を感じた。
確かに存在して『いる』と分かる。意志はあるし、起きたという感覚もちゃんとある。
けれど同時に体は『ない』とも感じるんだ。肉体という感覚が抜け落ちて、軽くなっている。
俺はこの感じを知っている。囚われていた神獣達が俺に語りかけてきた夢と同じだ。空間に浮いて、魂だけが連れてこられた感じ。
ただ一つ違うのが、体と繋がっている感覚が今はないということ。前は夢だと分かっていて、目を覚ませば戻れるという無意識の安堵があった。
でも今はそれがない。今が覚める感じもしないし、戻れる感じもない。
俺は、死んだんだ……。
漠然とした答えがふと湧いてきて、ジワッと涙が浮かんでくる。結局、何もできなかった。
そこに、ふと熱を感じた。左側の、手が届く所に誰かいる。そんな気がしてそちらを向いて、俺は更に悲しくて涙を流した。
隣にクナルが横たわっている。俺と同じように目を閉じて、まだ眠っているみたいに綺麗な顔で。
巻き込んだんだ。俺、クナルを死なせてしまった。
その事実が苦しくて涙が溢れる。息が吸えないくらい苦しくて、後悔で一杯になっていく。堪えられず大量の涙でグチャグチャになって彼の方を向いて体を丸め、うっ……うっ……と言葉を詰まらせながら泣いていると、不意にその頬に温かな熱が触れた。
「どうした、マサ」
「クナ、ル」
泣きじゃくる俺に手を伸ばす、優しい微笑みを見ていると更に悲しい。触れられている手に手を重ねて尚も泣く俺を、クナルは緩やかな動きで抱きしめてくれた。
「何で泣くんだ」
「おっ、俺……クナルを、死なせ、ちゃったっ」
ヒクヒクする胸、引きつったように上ずる声で答えたら背中に回った手がキュと引き寄せてくる。さらに温かさを感じて安心するのに、俺はまだ子供みたいに泣いている。
「いいよ」
「よくない! だって、俺……俺のせい、でぇ」
「マサのせいじゃない。元より覚悟してきたんだ」
「でも!」
「一人残されるよりもずっといい」
そう彼は言って、頭を撫でてくれた。その動きが、声が優しすぎてまた泣く。思えば子供の頃もこんなに泣いた事なんてなかった。泣いても、現状が変わる訳じゃないって分かっていたから。
今もそれは分かっている。それでも俺は枯れるほど泣いた。声を上げてみっともなく、心の中の悲しいを全部洗い流すみたいに。
そしてクナルはその間ずっと、抱きしめて背や頭を撫でていてくれた。
どのくらい経ったのだろう。ようやく落ち着いてきた俺はまだヒクつきながらもどうにか起き上がった。それに合わせてクナルも起き上がって、近い距離で座って向き合う形になった。
世界は真っ白だ。音もよく分からない。地面と空間の境目も分からない白い世界のど真ん中に、俺とクナルだけがいる。
「凄い世界だな。ここどこだ?」
「んっ、分からない、けど」
漠然と『体と繋がっていない』というのは分かっているが、ここがどこかは分からない。クナルも同じ感じらしく、死んだという認識だった。
「天国にしては殺風景だよな」
「天国前提なの?」
「そりゃ、あんたが一緒だからな。あんたが地獄に落ちる要素なんてないだろ?」
「そうかな?」
そこは色んな方面からのご意見がありそうだけれど。
でも確かに地獄というにも殺風景か。地獄は地獄で賑やかなイメージがある。
ふと、頬に温かさが伝わる。思慮から戻って顔を上げたら、クナルがなんとも言えない悲しそうな顔をしていた。
「あんた、あんな風に泣けたんだな」
「え?」
それは……俺も驚いた。だから今、とても恥ずかしくてたまらない。見せたくない一面を見せてしまった感じがする。
「今まで、我慢したり頑張りすぎている部分があったんだろうなって、思っただけだよ」
「そう、かな? 楽しいんだよ、ずっと。クナルも側にいてくれるし、みんな優しいし」
これに関しては嘘じゃない。俺は人に恵まれているって思う。
でも……張り詰めていた部分があるのも事実なのかもしれない。
「無理に笑ったり、頑張ったりさせちまったかなって思ったんだ。本当のあんたはこんなに泣き虫なんだって知ったら、余計にな」
「……うん。じゃあ、クナルの前だけは俺、色々言うね」
「あぁ、そうしよう。俺もそうする」
落ちていた腕を上げて、俺もクナルの背中に回して服を握る。こうしていると生きていた時と変わらない安心感があった。
改めて二人で辺りを見回す。座っているのだからこの下に地面はある。体は……浮遊している? わりと浮いてる感じはなくて、立ち上がったら足裏にちゃんと地面を感じた。
「なんだろうな、ここは」
「うん。でも俺、こんな場所に何度か来たよ。神様達の領域っていうのかな? 寝ている時に蒼旬とかと話している時、こんな場所に来てた」
ただ、あの時は「これは夢だ」と分かる感じがあった。ここだけが違う。
伝えると、クナルは辺りを見回して耳をアンテナみたいにクルクル回す。
「じゃあここは、神の領域なのかもな」
「うーん、そうなのかな?」
「俺もなんとなくだけどな」
そう言いながら、とりあえず歩き出す。だだっ広い白背景の世界に白い床、そこに冷気を感じないドライアイスの煙を満たしたような世界を進んでいく。
その間もずっと、クナルは辺りを警戒するように耳を動かしていた。
「きっと呼ばれたのはマサなんだろうな」
「え? それならクナルはどうして」
「これじゃないか?」
彼が軽く右腕を持ち上げる。すると俺の左腕も何か引かれた感じがあった。
「殿下の拘束スキル!」
「あぁ。あれが利いてて、俺とあんたを引き合わせたんじゃないか?」
だとしたら殿下にお礼しないと!
お礼、できたらだけど。
その時ふと、クナルが足を止める。そして左側を見て俺の手を引いた。
「あっちで声がする。女性だな」
「あ……」
この状況で女性となれば一人しか思い浮かばない。同時に、少しの希望が湧いた。
クナルに連れられて歩いていくと、確かに遠くから声が聞こえる。更に進んでいくとそこに、綺麗な桃色の髪の小柄な女性が、目の前の人へと必死に声をかけていた。
「……あの状況と同じかよ」
憎らしげなクナルの声。それは俺も同じ感想だ。
女神の前にあるのは黒い水晶と太い茨、それに絡められたアリスタウスの姿だった。
「女神様!」
「智雅! クナルも……ごめんなさい、私……二人を助けられなかった」
泣きそうだったのがこちらを見て溢れたんだろうか。目尻に溜まっていた涙が落ちていく。そして俺達の所に飛び込んで泣いてしまった。
「どうしよう、タウスが目を覚まさないの。それにあの茨なに? あんなの、世界の規律に入れてない!」
その訴えを、俺とクナルは首を傾げて聞いた。
そもそも世界の規律は神側の暴走や争いで世界を破壊しないようにするシステムらしい。故意に破壊しない、一つの種族に肩入れしない。などあるらしい。
今回アリスタウスが縛られているのは『故意の破壊行動』が原因らしく、処置としては力と意識を封じて、正常に戻るのを助ける事。それと同時に、眠っている間は彼の力をこの規律が最初に定めたルールに則って運営すること。
「今の状態を見ればもう落ち着いてる。私も戻ってきたから、目覚めてもいいはずなの。なのに目が覚めないし、あんな茨で縛り付けて水晶で魔力を搾取され続けたら死んで当たり前なのよ」
全てにおいて想定と違う、ということだ。凄く意図的なものを感じるのは俺だけかな?
「仕組まれた可能性はないのか?」
「……ある。世界の創造は神界からの一つの種。それを育てる事が世界を育てる事になるんだけど、この種に悪意をもって手を加えられたらおかしくなる。神界でも禁忌になってるけれど、やろうと思えば出来るわ」
「される心当たりは?」
「……神界にもどうしようもないクズ神ってのはいるの。タウスは若いし、今回初めて種を貰った。そして神域の聖樹から生まれた女神の私と、将来的な結婚が決まっていたわ。これを妬む奴はいたと思う」
「そんな……」
そんなの、ただの嫉妬じゃないか。それで世界が一つ滅んで、アリスタウス自身も殺そうなんてあんまりだ!




