四
「ただいまー」
間延びした挨拶をしたら、母がキッチンのドアから顔だけ覗かせた。
「・・・三津子!?」
「は!?」
母の大声に連動して、家族の大声。
ドタバタと、皆箸と茶碗を持って玄関まで出てきた。どうやら昼食はもう始まっていたらしい。
「どうしたの?なんかあった!?」
不安そうな皆の顔に、軽く圧倒される。
「・・・なんにも無いよ。ちょっとシンポジウムがあってね、こっちに出てきたから寄ったの。お昼ご飯食べさせてくれる?」
「いいわよー、大したもの無いけど」
なんにも無い。その言葉を聞いて安心したようで、皆はキッチンへと戻っていく。
まだ一歩しか足を踏み入れていないのに、我が家は我が家だった。
現在この家で暮らしているのは、祖父母、父母、長男次男の六人である。
都会に出た私と違って、二人の兄は父の会社に入社した。会社と言っても、ほぼ家族経営の地元密着型建築会社だ。目下の悩みは地域の過疎化。
ダイニングキッチンに置かれた、六人掛けの食卓テーブル。端に椅子をもう一脚持ってきて座った。すぐにごはんと味噌汁が出てくる。おかずは、大量の冷汁だった。
「ラッキー、私これ好きなんだよねー」
「これで喜んでくれる三津子は、安上がりだったのよねー・・・」
「俺達だってどんな手抜き料理でも食うじゃん」
「あんたらは大量に食うでしょうが」
他愛無い会話。
最近のピリピリした空気とは違って、随分と精神が落ち着いた。
楓に接する時までには、いつも以上に温和になりたい。
家に帰って来て良かった。
新幹線に乗り込んですぐに、母からメールが届いた。
『楓ちゃんに何かあったんでしょう』
どきん
心臓が一度、大きく跳ねた。
母親というものは、子供の事など全てお見通しなのだろうか。
なんと返事するかしばらく迷って、
『うん。しばらくしたら、また連絡する。それまで待ってて。今日はお昼ご飯有難う。』
それだけ打って送った。
山に入って、電波が途絶える。
次の駅に着いた時、母から『分かった、待ってる』と返事が届いた。
「ただいまー」
「おっかえりー。三津子、ケーキケーキ!」
昨日とは打って変わって、明るい楓。
目が赤くて、無理して元気を装っているのが分かった。
それでも楓がそう振舞っているのだから、私も笑顔でいよう。
「じゃーん、イチゴのショートと、レアチーズ、抹茶ロールにガトーショコラ!王道は外せないよねー」
「わーい!三津子はどれ食べるー?」
「楓先に選んでよ。私は自分の好きなやつ買ったから、どれでも良いよ」
楓が真剣に悩んでいる間に、偽装の為に着て行ったスーツを脱ぐ。
部屋着に着替えたところで、楓が声を上げた。
「決めた!ショートケーキと抹茶ロール!」
「オーケーオーケー、じゃあ私はレアチーズと」
ピリリリリリ・ピリリリリリ・ピリリリリ・・・
楓のケータイが着信を報せる。
「んもー、だれー?私の至福の時を邪魔するのはー!・・・あ」
楓の顔から表情が消える。それだけで誰からの着信かわかってしまった。
「おじさん?」
「・・・うん」
「出なよ」
背中を押すように言うと、楓は震える手でボタンを押した。
三津子と楓の地元での「冷汁」は、刻んだ野菜のおひたしに、干しシイタケとホタテの缶詰で出汁をとったタレをかけて食べるものです。




