三
日曜の朝一の新幹線は、そんなに混雑していなかった。自由席の空いている所を見つけて座り込む。
きっと帰りは混むだろうな。後で指定席に空きがないか聞いておこうと考えながら、窓の外を眺める。段々と都会から遠ざかっていくのが良くわかる。
いつもなら、私の隣には楓が居るのに。帰省を二人で楽しむのに。
今日は全然楽しくない。
むしろ、気が重い。
自販機で買ったココアを抱えて、溜息を吐いた。
二時間新幹線に揺られて、さらにそこから三十分、ローカル線に揺られる。地元はもう紅葉が始まっていて、真夏の青々しさは薄れていた。
無人駅を降りて実家まで行く暫しの間、都会には無い清浄な空気と広い空を堪能する。トンボが群れて飛んでいる。どれもこれも、久々に目にするものだった。いつもなら正月しか帰省しないからだ。雪に閉ざされた景色しか、最近の記憶には無い。
懐かしい景色は、それでも緊張した心を解しきれなかった。自分の家の隣、楓の家の前に立って、大きく深呼吸する。
チャイムを鳴らして、ドアを開ける。都会と違って、田舎は昼間鍵など掛けないのが普通なのだ。
「ごめんください。三津子です」
声を掛ければ、ドタドタと楓の両親が現れた。
「三津子ちゃん、いらっしゃい。楓は?」
笑みを浮かべようとして失敗したような顔のおじさんが尋ねる。
「来ていません。今日は私一人です」
強い口調でそう言えば、おじさんもおばさんも、急に険しい表情になった。
「来ていないとはどういうことだ!」
「あんなに傷ついた楓を、こんな所まで連れて来たくなかったんです」
「こんな所とはなんだッ!」
「お父さん、少し落ち着いて・・・」
おじさんはおばさんに宥められて、大きく息を吐いた。
「お二人には不満があると思いますが、今日は私が話をさせていただきます」
キッ、と睨んで言えば二人は暫し黙って、思い出したかの様に室内へと招き入れてくれた。
居間の座卓の周りに、三人で座る。私の正面におじさんが、その隣におばさんが座った。目の前にはおばさんが入れてくれた緑茶が、湯気を立てていた。
「早速ですが、楓が妊娠したというのは、事実です」
おばさんの顔が一層白くなった。
「子供の父親にあたる男と楓は、四年間交際をしていました。結婚も考えていました。ですが、二ヶ月前に別れたんです。原因は、相手方の浮気でした」
いつの間にか握りしめていた拳が、膝の上で白くなっていた。
「そんな男の子供なんて、堕ろしてしまえ!!」
米神に青い筋を立てたおじさんが怒鳴った。
「簡単にそんなこと言わないで!」
なんてことを言うのだろう!私も思わず怒鳴っていた。目を丸くしたおじさんとおばさんの表情から、随分と大声だったのだろうことが読み取れた。
それでも私は止められなかった。
「欲しくない子供が出来たら堕胎すれば良い!?そんな安易なことじゃあ無いわよ!!そこにあるのは正真正銘新しい命なのよ!!それと女の身体にかかる負担も考えて物を言いなさい!!」
部屋はしん、と静まり返った。
「・・・そうね、そのことに関しては三津子さんが正しいわ」
今まで黙っていたおばさんが口を開いた。その顔は、娘を育てた母の顔だった。
「・・・すまなかった」
まさか謝られるとは思わなかったので、少し居心地が悪くなった。やっぱり、おじさんも一児の父、と言うことだろうか。
「いえ、こちらこそすみません、横柄な口調になってしまって」
視線をさげて、お茶を一口啜った。
「・・・それに、確かにシングルマザーは大変でしょうけど、楓は悩み抜いた末に出産を決意したんです。そんな楓の決意を、応援してはくれませんか」
最後の言葉は、二人の顔を見ながら言った。
「・・・そうは言ってもだな、出産にしても、子供を育てるにしても金が掛かるんだ。実際問題な。楓一人じゃあ、絶対に無理だろう。俺だって、いつ死ぬか分からないし」
「そうですね。でも、楓が結婚に備えてしていた貯金があります。それで出産費用は事足ります。それに、私も一緒に貯金してますからね、暫くは大丈夫でしょう。楓の職場は育児休暇については寛大な措置をとっていますし、あとは私も働いていますから―――」
「ちょっと待ちなさい、三津子ちゃん。何を言っているんだ?君のお金を使う気なのか?」
おじさんとおばさんは、呆けた顔をしていた。
「当たり前です。楓のことですから。楓に良い人が見つかるまでは、私は誰に何と言われようと、楓を助けます」
「・・・そんなに楓は君に甘えているのか?」
「いいえ!これは私が勝手に決めたことです。楓にもまだ言っていません」
温くなったお茶を飲み干した。
「楓は本当に悩みました。沢山泣きました。私は楓じゃないから、本当の所はどうか知りませんけど、きっと不安でいっぱいの決意だったと思います。だから昨日の電話で、二人に認めても喜んでも貰えなくて、沢山泣いたんだと思います」
静かな嗚咽が聞こえてきた。おばさんが泣いてしまった。
「お二人も、大事な楓のことだから、心配でしょうがないと思います。でも、楓ももう大人なんです。彼女が決めたことを、どうか優しく見守ってあげて下さい」
身を少しだけ引いて、頭を下げた。
私も泣きそうだ。
「・・・三津子ちゃん、頭を上げてくれ」
声に従って顔を上げると、おじさんは腕を組んでやるせないような表情になっていた。
「そうだな、楓ももう二十六になるんだもんな。大人だよなあ・・・。三津子ちゃんもしっかりしてる。流石、先生だなあ」
おじさんとおばさんは顔を見合わせて、頷きあった。
「俺はもう反対しない。楓を応援する」
「私も、そうするわ」
二人の微笑が、今まで煮えていた心臓を冷ましてくれた。
「よか、ったー」
涙が一滴零れて、慌てて拭った。
「それじゃあ、そのこと、楓に伝えてください。絶対喜びますから」
「お、おう・・・」
やっぱり本人に伝えるには恥ずかしいのだろう。どもるおじさんが可笑しかった。
「それじゃあ、私帰りますね」
「あら、お昼、食べて行ってよ」
立ち上がった私に、おばさんは慌てて声を掛ける。
「いえ、うちで食べます。顔出そうと思ってたんで」
「そう?じゃあ、今度は絶対に食べて行ってね」
「有難う御座います」
自然に零れる笑顔に、ああ、これが本来の姿だなとしみじみ思った。
「じゃあ、楓のこと宜しくね」
「すまないな、迷惑かけて」
玄関先に出てきて言う二人の言葉には、やっぱり楓への愛が感じられた。
「いいえ、全然!あ、そうだ。今日、私が来たこと、楓には内緒にしておいてくださいね」
最後にそうお願いすると、楓の両親は不思議そうに首を傾げながらも、了承してくれた。




