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楓と若葉と  作者: 高槻
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3/6

 日曜の朝一の新幹線は、そんなに混雑していなかった。自由席の空いている所を見つけて座り込む。

 きっと帰りは混むだろうな。後で指定席に空きがないか聞いておこうと考えながら、窓の外を眺める。段々と都会から遠ざかっていくのが良くわかる。

 いつもなら、私の隣には楓が居るのに。帰省を二人で楽しむのに。

 今日は全然楽しくない。

 むしろ、気が重い。

 自販機で買ったココアを抱えて、溜息を吐いた。


 二時間新幹線に揺られて、さらにそこから三十分、ローカル線に揺られる。地元はもう紅葉が始まっていて、真夏の青々しさは薄れていた。

 無人駅を降りて実家まで行く暫しの間、都会には無い清浄な空気と広い空を堪能する。トンボが群れて飛んでいる。どれもこれも、久々に目にするものだった。いつもなら正月しか帰省しないからだ。雪に閉ざされた景色しか、最近の記憶には無い。

 懐かしい景色は、それでも緊張した心を解しきれなかった。自分の家の隣、楓の家の前に立って、大きく深呼吸する。

 チャイムを鳴らして、ドアを開ける。都会と違って、田舎は昼間鍵など掛けないのが普通なのだ。

「ごめんください。三津子です」

 声を掛ければ、ドタドタと楓の両親が現れた。

「三津子ちゃん、いらっしゃい。楓は?」

 笑みを浮かべようとして失敗したような顔のおじさんが尋ねる。

「来ていません。今日は私一人です」

 強い口調でそう言えば、おじさんもおばさんも、急に険しい表情になった。

「来ていないとはどういうことだ!」

「あんなに傷ついた楓を、こんな所まで連れて来たくなかったんです」

「こんな所とはなんだッ!」

「お父さん、少し落ち着いて・・・」

 おじさんはおばさんに宥められて、大きく息を吐いた。

「お二人には不満があると思いますが、今日は私が話をさせていただきます」

 キッ、と睨んで言えば二人は暫し黙って、思い出したかの様に室内へと招き入れてくれた。





 居間の座卓の周りに、三人で座る。私の正面におじさんが、その隣におばさんが座った。目の前にはおばさんが入れてくれた緑茶が、湯気を立てていた。

「早速ですが、楓が妊娠したというのは、事実です」

 おばさんの顔が一層白くなった。

「子供の父親にあたる男と楓は、四年間交際をしていました。結婚も考えていました。ですが、二ヶ月前に別れたんです。原因は、相手方の浮気でした」

 いつの間にか握りしめていた拳が、膝の上で白くなっていた。

「そんな男の子供なんて、堕ろしてしまえ!!」

 米神に青い筋を立てたおじさんが怒鳴った。

「簡単にそんなこと言わないで!」

 なんてことを言うのだろう!私も思わず怒鳴っていた。目を丸くしたおじさんとおばさんの表情から、随分と大声だったのだろうことが読み取れた。

 それでも私は止められなかった。

「欲しくない子供が出来たら堕胎すれば良い!?そんな安易なことじゃあ無いわよ!!そこにあるのは正真正銘新しい命なのよ!!それと女の身体にかかる負担も考えて物を言いなさい!!」

 部屋はしん、と静まり返った。

「・・・そうね、そのことに関しては三津子さんが正しいわ」

 今まで黙っていたおばさんが口を開いた。その顔は、娘を育てた母の顔だった。

「・・・すまなかった」

 まさか謝られるとは思わなかったので、少し居心地が悪くなった。やっぱり、おじさんも一児の父、と言うことだろうか。

「いえ、こちらこそすみません、横柄な口調になってしまって」

 視線をさげて、お茶を一口啜った。

「・・・それに、確かにシングルマザーは大変でしょうけど、楓は悩み抜いた末に出産を決意したんです。そんな楓の決意を、応援してはくれませんか」

 最後の言葉は、二人の顔を見ながら言った。

「・・・そうは言ってもだな、出産にしても、子供を育てるにしても金が掛かるんだ。実際問題な。楓一人じゃあ、絶対に無理だろう。俺だって、いつ死ぬか分からないし」

「そうですね。でも、楓が結婚に備えてしていた貯金があります。それで出産費用は事足ります。それに、私も一緒に貯金してますからね、暫くは大丈夫でしょう。楓の職場は育児休暇については寛大な措置をとっていますし、あとは私も働いていますから―――」

「ちょっと待ちなさい、三津子ちゃん。何を言っているんだ?君のお金を使う気なのか?」

 おじさんとおばさんは、呆けた顔をしていた。

「当たり前です。楓のことですから。楓に良い人が見つかるまでは、私は誰に何と言われようと、楓を助けます」

「・・・そんなに楓は君に甘えているのか?」

「いいえ!これは私が勝手に決めたことです。楓にもまだ言っていません」

 温くなったお茶を飲み干した。

「楓は本当に悩みました。沢山泣きました。私は楓じゃないから、本当の所はどうか知りませんけど、きっと不安でいっぱいの決意だったと思います。だから昨日の電話で、二人に認めても喜んでも貰えなくて、沢山泣いたんだと思います」

 静かな嗚咽が聞こえてきた。おばさんが泣いてしまった。

「お二人も、大事な楓のことだから、心配でしょうがないと思います。でも、楓ももう大人なんです。彼女が決めたことを、どうか優しく見守ってあげて下さい」

 身を少しだけ引いて、頭を下げた。

 私も泣きそうだ。

「・・・三津子ちゃん、頭を上げてくれ」

 声に従って顔を上げると、おじさんは腕を組んでやるせないような表情になっていた。

「そうだな、楓ももう二十六になるんだもんな。大人だよなあ・・・。三津子ちゃんもしっかりしてる。流石、先生だなあ」

 おじさんとおばさんは顔を見合わせて、頷きあった。

「俺はもう反対しない。楓を応援する」

「私も、そうするわ」

 二人の微笑が、今まで煮えていた心臓を冷ましてくれた。

「よか、ったー」

 涙が一滴零れて、慌てて拭った。

「それじゃあ、そのこと、楓に伝えてください。絶対喜びますから」

「お、おう・・・」

 やっぱり本人に伝えるには恥ずかしいのだろう。どもるおじさんが可笑しかった。

「それじゃあ、私帰りますね」

「あら、お昼、食べて行ってよ」

 立ち上がった私に、おばさんは慌てて声を掛ける。

「いえ、うちで食べます。顔出そうと思ってたんで」

「そう?じゃあ、今度は絶対に食べて行ってね」

「有難う御座います」

 自然に零れる笑顔に、ああ、これが本来の姿だなとしみじみ思った。

「じゃあ、楓のこと宜しくね」

「すまないな、迷惑かけて」

 玄関先に出てきて言う二人の言葉には、やっぱり楓への愛が感じられた。

「いいえ、全然!あ、そうだ。今日、私が来たこと、楓には内緒にしておいてくださいね」

 最後にそうお願いすると、楓の両親は不思議そうに首を傾げながらも、了承してくれた。






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