二
楓は出産を決意した。
「生まれてくる子は、なんにも悪くないんだもの・・・って、使い古されてるか」
そう言って楓は笑ったが、空元気にしか見えなかった。
それでも楓が選んだことなら、あれだけ悩んだのだから、私は助力を惜しまない。そう心に誓った。
それよりも、出産には問題が一つあった。
「・・・おじさんとおばさんには、いつ言うの?」
「うん・・・。できるだけ早く言った方が良いのはわかっているんだけどね・・・」
楓は一人娘だからか、大変愛されて育ってきた。
隣で生活してきたからこそ、わかる部分もあるほどに。
楓の両親は楓を愛し、楓もまた、両親を愛していた。
楓が妊娠したと聞いたら、しかも父親のいない子を身篭ったと知ったら、おばさんは倒れるかもしれない。おじさんは怒り狂うかもしれない。
出産を認めて貰えないかもしれない。
それはリアルに想像できる故に、楓が躊躇うのも無理は無い。
「・・・明日。明日休みだから、私も一緒にいるから、電話しよう?しっかり、自分の気持ちを伝えよう?」
私がそう言うと、楓は泣きそうな顔になって、一回だけこくんと頷いた。
白い顔。
洗面台に映った自分の顔。
楓の顔も紙のように白かったが、自分もこんなに蒼白だったとは思わなかった。こんな顔では、楓を元気付けることなんて出来ないじゃない。
それでも明日の事を思うと心臓が縮んで、気を抜けば震えが走りそうだ。
先刻、楓は両親に電話をした。
電話に出たのは、楓の母親のようだった。
静かな会話は次第に激化し、母親は父親に代わったらしい。電話の向こうから聞こえる低い声。楓は泣いていた。ヒステリックに怒鳴って、電話を切って洗面所に駆け込んだ。
後を追おうとしたら、電話が鳴った。
ディスプレイには楓の実家の表示。
取り敢えず電話を取ると、いつも温和なおじさんは酷く興奮していた。
「おじさん、一先ず落ち着いて下さい」
『これが落ち着いてられるか!三津子ちゃん、楓を出しなさい!』
冗談じゃない!あんなに傷ついた楓に、こんなおじさんとまた話させるなんて出来るわけ無い。
「明日、そちらへ伺います。電話より、面と向かって話した方が良いでしょう?違いますか?」
おじさんは何か唸っていたが異論は無いようで、引き下がってくれた。
「楓」
洗面所に行くと、楓は座り込んで泣いていた。
「楓、泣かないで?ね?絶対おじさんもおばさんも分かってくれるから。ね?」
泣きじゃくる楓を宥めて、ベッドに連れて行く。
砂糖たっぷりのホットミルクを作ると少しずつ飲んでくれて、マグカップが空になるころには大分落ち着いてきたようだった。
「もう寝な。今日はゆっくりしよう」
「・・・うん」
泣き疲れたのか、楓は直ぐに寝てしまった。
何時だっただろう。随分前にもこんなことがあった。
楓が何かして、すっごく叱られて。
私の家に上がりこんできた楓は、あの時大事にしていたテディベアをしっかり抱いてわんわん泣いていた。そして泣き疲れて寝てしまって。
楓の寝顔は、あの時のまま。可愛い楓。
だけど、あの時とは違う。
今回は、楓は悪くない。
楓を泣かせるなんて、許さない。
「・・・おはよう、三津子」
「おー、おはよう」
腫れた目を擦りながら、寝室から出てきた楓に返事をする。
出かける前に声をかければ良いと思っていたが、どうやら起こしてしまったようだ。
「・・・どこか行くの?」
「うん、ほら前に言ってた教育シンポジウムがね、あって。・・・昨日の今日なのに本当にごめんね」
「仕事なら、しょうがないよ・・・」
そう首を振る楓はやっぱりまだ元気が無い。
本当なら、今日一日、楓から離れないでずっと一緒に居たい。頭を撫でて慰めてあげたい。
「・・・四時には帰って来る。ケーキ買って来るから」
「お。楽しみにしてるね」
ほんの少し笑んだ顔を見て、私は家を出た。




