16.さとう かほ
『ああ、ちなみに……』
思い出した、と言わんばかしに付け加える。
『佐藤香穂の身体が死んでも、佐藤香穂の魂が死ぬ必要はないよ。だって』
『そのための“人格入れ替わり”だからね』
つまり、佐藤と誰かの人格を入れ替え、佐藤の身体と一緒に誰かの魂を消せ、と……。
「……このっ!!」
『やだなぁ。怒ってるの?』
「当たり前だろ……!」
『なんで?』
「なんでって! こんなの――」
「要人! 待って!」
柊がホオズキに向かって牙を立てる――――前に、佐藤の静止が入る。
「……香穂……」
「いいんだよ。確かにこれは、本当のことだから」
佐藤の今にも折れそうな細い腕が震える。
俯いていて顔が見えない。
「本当にこれがきっかけで、友達が怖くなったから」
か細い声。震える手。
「……みんなと出会うまでは……っ!」
バッと勢いよく顔を上げる。
――――佐藤は笑っていた。
なにもかもを見透かした、そんな微笑み方で。
「…………一人ずつとお話しできるかな?」
その表情を崩すことなく、ぽつりと呟いた。
***
話す順番は佐藤の希望通り、海上・宮本・柊・佐久間の順。
順番にどんな意味があるなんて知ったこっちゃないが、最後なのは好都合だと佐久間は思っていた。
考えるんだ、ホオズキに負けぬよう佐藤を救うその方法を。
「佐久間、香穂が呼んでるぞ」
潤んだ瞳を隠せていない柊が佐藤の病室から出てくる。
出会って一ヶ月。
濃い一ヶ月だった。
だからこそ、情もある。
思い入れもある。
だから、失いたくない。
柊と入れ替わりに佐藤が待っているであろう病室の扉を開ける。
「佐久間君!」
佐藤は、ひらひらと手を振って俺を迎えてくれた。
「まずは結果報告からね。あのね、わたし、みんなと人格を変えるつもりはないよ」
頭を銃で撃たれたような、静寂。
その後に補足として「佐久間君だけには言うね」と呟く。
「……なん、で…………」
「佐藤香穂の身体と死ぬのは佐藤香穂の魂だけだから」
虚無。暗転。
「……ふざけるなよ? なんなんだよ、勝手だな」
自分の口から出る低い声。
「さく、ま……く、ん?」
「なに死ぬとか言ってんの?」
静かに怒る。
睨む瞳が……纏う黒いオーラが……一気に佐藤に浴びせられる。
「自ら死ぬとか。俺にどうしろって言うんだよ」
どうして。
「なんで……俺だけの時に言うんだよ……」
「……だって……佐久間が病院、探してくれたんでしょ? 雨の中走り回って、汗いっぱい掻きながら。わたしなんかのために。だからね、佐久間君とは一番最後に話して一番のありがとうを伝えようと思ってっ!」
さっきとは一転。
怒りが冷めてしまう。
そんなこと、そんな顔で言われても困る。
「なんで、お前が泣いてんだよ……」
「えっと、これは……こ、心の汗!」
「いつまでそうやって、平気なフリしてんだよ!」
嘘つき。嘘つき。
人とは平気で嘘をつく。
だから信じられなかった。
こいつらに出会うまでは――……。
「なんで、あいつらに頼ろうとしないんだよ」
「た、頼って……どうなるの? みんなの不安煽って、気を遣わせた挙句心配させるだけじゃん。そんなの、ダメなんだよ……」
大粒の涙が佐藤の頬を流れ落ちる。
初めて見る、悲しみで泣いてる人の顔。
初めて聞く、辛くて泣いてる人の声。
「佐久間には……分からないよ……!」
「あぁ! そうだよ! なにも分かんねぇよ!」
一段と大きな声を上げる。
佐藤の肩がビクッと上がる。
「だってお前、なにも言わねぇじゃん! そんなんで、分かるわけないじゃん! 分かってほしいなら口に出してちゃんと言えよ! 少しはすっきりするだろうが! 痛み分け合うとか、そういうのはできないかも知れねーけど、一緒にいることくらいはできんだろ!!」
胸ぐらを引っ張る。
相手は女とか、病人とか、そんなの知るか。
「寂しいなら言えよ!」
「……!!」
「辛いなら言えよ!」
「さく……っ!」
「俺はお前に、佐藤香穂に死んでほしくなんかないんだよ!!」
「……さく、ま……くん……」
暫く静かになる病室。
やってしまった……という少しの後悔。
隣の病室まで聞こえていないだろうか。
看護師さんが走ってきたらどうしようか。
冷汗が頬を伝う静寂。
それを破ったのは、佐藤の小さな笑い声。
「えっへへ。友達に、そこまで言われちゃあ死んでいられないね」
照れながら笑う佐藤の顔。
……こんなひねくれ者の俺でも、友達と言ってくれた。
優しくしてくれた。
先程の見透かした完璧な笑顔なんかじゃない。
包まれるような、温かい笑顔。
「最後にもう一度」
「佐藤はどうしたい?」
「…………………………生きたい……っ」
「歩夢と。要人と。海上君と。佐久間君と一緒に!」
「わたしはわたしのまま…………生きていたいっ!」
***
わたし、今まで死なんて怖くなかった。死んでもいいって、諦めてた。
でも今は初めて死にたくないって思ってる。
みんなのおかげだよ。
ホオズキにも一言。
みんなには、もうこんなことしないで。
そう真っ直ぐな瞳で告げた午後、佐藤は手術へと挑んでいった。




