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15.ゲームの駒

 音を立てて振り出した雨。

 その力は思ったより強く、体力がどんどん吸い取られる。


 俺は、なにをしているんだ。

 雨に打たれて鈍った頭で疑問に思う。

 意志的に外に出るなんて。

 まして、“友人”のために病院を探すなんて。

 俺が住んでいるのはここから三駅離れた街。

 この街のことは駅から高校までの道のりしか知らない。

 初めての道だ。

 病院の場所なんてもちろん分からない。

 歩いている人に、道を聞いて走る。

 息が苦しい。足が重い。

 途中でこけそうにもなった。


 ドンッ。


 教えてもらった病院を全て探し、ドアを叩く。

 学校から出た時間は既に遅く、空も暗くなり始めている……。

 大型病院なんて遠すぎる。個人でやっている病院はほとんど営業終了している。

 誰も出てはくれない。

「開けてくれ! 大変なんだ! 急病なんだ!!」

 ドアを叩く。

 壊れるんじゃないかと思うくらい、強く。強く。

「治すのが、お前らの役目だろうが! 頼むから出てくれよ!」

 なんの音もしない。

 中に人がいないのか。

 膝からガクリと崩れ落ちる。

 走り回った疲れと、雨の所為で足は限界だ。


 ――――俺が、自らどうにかしたいと思ったのに……。


 それすらも、叶わないのか……。

 折角、ここまで来たのに。

 佐藤を助けたい。

 優しくかけてもらった言葉の、恩返しがしたい。

「……頼む、から」

 お願いします。

「出てくれよ……!」

 出てください!!


 弱気になりかけた時、叩いていたドアの開く音がする。

 目の前には、小さな女の子。

 髪を二つに結い、淡い色のワンピースに身を包んでいる。

 丁度、膝立ちした自分と同じ目線の子だ。

「お兄ちゃん、だぁれ?」

「ぉ、お父さんか、お母さん……いる?!」

「奥にいるよ?」

「早く……! 呼んできてくれ!」

「……うん。」

 必死さが伝わったのだろうか。

 それとも、肩を掴んだ俺が怖かったのだろうか。

 走って奥の親の元へ行く。


「あの、……どうかしましたか?」

 しばらくしてあの子の父親らしき人が出てきた。

「あの! 急病で。大変で。早くしないと、死んでしまう……!!」

 口が上手く回らない。

 こんなに、人のために焦れるものなのか。

   ***

 その後、佐久間が呼びに行ったおじさんが救急車を呼んでくれたらしく、少し離れた大きな病院へ佐藤が運ばれた。

 俺たちはタクシーでついて行く。

「そうだよ救急車呼べばよかったんだよな……なんで走ってしまったんだ……外じゃなくても保健室でもよかったんじゃ……いや身体が勝手に走って外に出て……」

 ブツブツと独り言を呟く佐久間。

 救急車を呼べばよかったんだ、なんでそんな簡単なことが頭になかったんだ、と。

 少なくてもあの時あの場で行動をすることができなかった俺たちよりも佐久間は十分に佐藤の命の恩人だ。

「佐久間は病院を探しに行っててくれたのか」

「……まあ」

「ありがとな」

 ふい、と横を向く佐久間。

 照れ隠しだろう、耳が少し赤いのが見える。


 病院に着くと同時に手術室に佐藤が入っていく。

 数十分後、手術中のランプが消え、医者が出てくる。

「君のおかげだね。個人医の人にこげ茶の男の子が急いで呼びに来てくれたって聞いたからこっちも急いだよ。これで、まず手遅れにはならないだろう」

「佐久間……」

 救えたのか。俺が、人の命を。

 こんな俺でも……佐藤を、救えたのか……。

「今日はもう遅いから帰りなさい。今は麻酔で眠ってるけど明日なら起きてるから面会はその時にね。この子の親にはこちらから連絡しておくから」

 医者の後ろからひょこっと顔を覗かせる看護師。

 確かに時刻は六時前。そろそろ帰らなくてはみんな家族が心配するであろう。

「それじゃあ、香穂のことお願いします」

 宮本が先導して看護師に声掛けし、その日は大人しく帰ることとなった。

   ***

 次の日、みんなで佐藤の病室に来ていた。

「みんな、来てくれたんだ♪ 嬉しいよ」

 いつもの、温かい笑顔。

「……なんで病気のこと、内緒にしてたんだ?」

 病気を秘密にしていた理由を問う柊に佐藤の表情が、少しだけ曇りがかる。

「昔からのだし……薬さえ飲んでいれば痛み感じないから」

「だからって、治るわけでもないだろ?」

「……ごめん、なさい」

「ちーなみに、手術っていつからなの?」

 暗い雰囲気になるのを宮本が阻止する。

「午後だよ。今変わったら大変だね」


「既に海上と佐久間なら変わっているけどな」

 自分・海上千の身体と佐久間透の身体を指さす柊。

 もう慣れたものだ。

 ……慣れたくはなかったけれど。


 ふと、木の上に黒猫がいることに不安が募っていく。

 こちらへ歩いてきて、窓を通り抜けた。 

『久しぶりだね、五人とも』

「ホオズキ……!!」

『今日は報告に来ただけだよ』

「……報告……?」

『あと数時間後。佐藤香穂は死ぬよ』

 簡単に告げられた人生終了の言葉。

 思わず聞き返す。


『死んじゃうんだ。佐藤香穂が』


『だから特別。今から手術終了までの間、入れ替わりは停止してあげるよ』

 言葉と共に、俺と佐久間の入れ替わりが終わる。

 佐藤の目の前に広がる“死”という恐怖。

 死の時間制限なんて経験したことない。

 どんなに不安かなんて、自身の身体に起こらないと実感できない。

 不安を持つ佐藤に。憎い、ホオズキに。

 小さな、曖昧な言葉じゃ全然届かない。

 それでも。

「俺は佐藤を助けたい」

 今のは佐藤に向かって。


 今度は、ホオズキに向かって。

「助けたいんだよ! 叶えろよ。これが俺の願いだ」

 佐久間が牙を出す。

「佐久間君……!」

『助ける助けないなんて、佐藤香穂の意志の問題だよ』

「……わたしの意志……?」

『佐藤香穂。君は生きたいのかい?』

「わたし、は……」


 ――――えー、香穂を誘うの?

 ――――そんなわけないじゃん! 今日は心友(しんゆう)と遊ぶ日なんだから!!

 ――――だよねー!!

「!?」

 五人の頭に、画像付きで会話がフラッシュバックする。

 小さい頃の佐藤と、女の子二人……?

 女の子二人は廊下で喋り、佐藤は物陰に隠れて俯いている。

『つまらなかったら、面白くする』


 佐藤の方を振り返る。

 真っ青な顔をしている目元には涙が浮かんでいた。

『佐藤香穂(キミ)の記憶、だよね? 思い出しなくない苦い記憶』

「なん、で……?」

 この記憶を、今みんなに見せるの?と聞く佐藤。


『これは、佐藤香穂が“友達”という希望を失くした日の記憶だよね。友達だと思っていた人に捨てられたんだから無理もないか』


 思い出したくない記憶。

 そんな記憶の二つや三つは、誰でも持っているだろう。

 それを問答無用で他人に見せられたら堪ったもんじゃない。


『いいねぇ。その表情! そそるなぁ……』

「なんでこんなことするんだ……!」

 柊の強気な一言がホオズキに向けられる。

『面白くない駒なんて捨てた方がマシでしょ?』

「い、今……なんて……」

平然と答えるホオズキに、香穂の涙が頬を伝ってしまう。

『なにって……言ったでしょ? お遊びだよ。ほんのちょっとスケールの大きいね。駒の代わりに人間を使う遊びさ』

「俺たちは……お前なんかの遊びに巻き込まれていただけなのか!?」

『だから始めに、了解を得たじゃないか』


『ゲームをしようっていうのに君たちは同意した』


『その場、その瞬間から、僕の新しいおもちゃの出来上がりさ』

「お前……よくそんなこと言えるな!」

『生憎、僕たちには感情というものが内蔵されていないんでね。今の君たちの気持ちも、いわゆる子供心で楽しんでいるよ。理解できなくはないだろう?』









 にこり、いや、ニヤリという表現の方が合っている。


『だって君たちも、人形で遊ぶの大好きだもんね』

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