第40話:シオンの機転~懐中電灯と真鍮反射板の閃光目くらまし~
爆風によって吹き飛ばされた倉庫の正面扉から、濃密な灰色の硝煙と石炭の煤煙とともに、重い軍靴の足音が雪崩を打って踏み込んできた。
天井の梁から舞い落ちる大量の木屑と埃が、窓の鉄格子から差し込む細い光の筋に照らされて白く渦を巻いている。
「いたぞ! 奥の巨大木材パレットの影だ!」「女警視は弾切れだ、囲んで四肢を切り刻め!」
突入してきたのは、高架下の爆風を辛うじて逃れたリーダー格の大男を含む、六名の黒革鎧の暗殺者集団。
手には青黒い即効性の神経毒液を塗った抜き身のダガーと、鋼鉄のボルトを装填し終えた消音式クロスボウが、獲物を狙う肉食獣の凶悪な殺気をギラつかせていた。
エルネスタはリボルバーの撃鉄を下ろし、ブーツの側面に隠し持っていた軍用の護身用コンバットナイフを引き抜くと、シオンの前に立ちはだかるようにして身構えた。
プラチナブロンドの髪が乱れ、軍服の袖には先ほどの爆発の煤がついていたが、その立ち姿は神聖な騎士のように凛としていた。
「シオン、私が牽制します。あなたは奥の換気用排煙ダクトのルーバーを破って、一人で先に行きなさい!」
命令口調の毅然とした声。だがその華奢な肩は、連日の徹夜捜査と冷たい雨の張り込み、そして銃撃戦による極限の疲労によって、わずかに小刻みに震えていた。
シオンは彼女の細い手首を、痛くないように、だが絶対に振り解けない確かな強さで背後からそっと引き戻した。
「お断りしますと言ったはずですよ、エルネスタ警視。護衛されるべき美しいご令嬢を弾除けにして逃げ出すような不名誉、下町の時計職人には背負いきれません」
「なっ……! こんな命のやり取りの現場でまで皮肉を言うなんて、あなた正気なの!? 相手は六人、殺人術を骨の髄まで叩き込まれた本物の暗殺者よ!」
「ええ、重々承知しています。だからこそ――暴力と闇に頼る集団には、光の物理法則でお応えするまでです」
シオンは背負っていた厚手の牛革製工具鞄を床に下ろし、その奥底から二つの奇妙な器具を滑らかに取り出した。
一つは、真鍮製の頑丈な円筒ケースに収められた、帝国工科学アカデミー特製の高電圧化学蓄電池(改良型濃硫酸ライデン瓶バッテリー)。電解液が微かに放つツンとした酸性の刺激臭が漂う。
そしてもう一つは、直径三十センチを超える、内面が鏡面研磨されたパラボラ(放物面)形状の大型真鍮製集光反射板だった。
放物面の幾何学的焦点には、二本の極太な純炭素電極棒が、わずか一ミリの微小なギャップを空けて精密に対向配置されている。
――炭素アーク放電式、携帯型超高輝度照射装置。
本来は、霧深き帝都の巨大灯台や夜間運行の蒸気船のサーチライト、あるいは暗渠の深部で大時計の巨大ゼンマイを点検するためにシオンが自作した特殊工学機器だった。
「……シオン、それ、まさかアーク灯……!?」
エルネスタが目を瞠り、息を詰まらせた。
「目を瞑ってください、エルネスタ。両手で顔を覆い、私が合図するまで、絶対に目を開けてはなりません」
シオンの静かな指示と同時に、刺客たちが毒ナイフを振り上げ、わずか三メートルの距離まで殺到した。
「死ねぇぇぇっ、時計屋ァ!」
先頭の大男の切先が、シオンの喉元へと届かんとしたその刹那。
バチィィィィィィィィッッッッッ!!!!
鼓膜を突き刺すような鋭利な放電スパーク音とともに、シオンが真鍮の大型ナイフスイッチを一気に押し込んだ。
蓄電池から百二十ボルトを超える高圧電流が二本の炭素棒の間に火花ギャップを形成し、大気中の窒素と酸素をプラズマ化させながら、激しいアーク放電を開始した。
電極が白熱化し、オゾンの独特な青臭い匂いが充満する。
そして――放たれたのは、正午の直射日光をも遥かに凌駕する、一万カンデラを超える超高輝度の青白色閃光!
幾何学的放物面によって完全な平行光線へと集光された暴力的なフォトン(光子)の束が、暗闇に慣れきっていた刺客たちの散大した瞳孔めがけて、容赦なく直射された!
「ギャアアアアアアッッ!?」「目が、目が潰れたァァァッ!?」
「何だこの光はァァァッ! 前が見えねえ、視界が真っ白だァァッ!」
刺客全員が両手で目を押さえ、あまりの激痛と完全な視覚喪失に狂乱の絶叫を上げた。
人間の網膜に存在する光感受性物質ロドプシンが一瞬にして完全に光化学漂白され、視神経が飽和状態に陥る「フラッシュブラインドネス(閃光盲)」。
さらに紫外線領域の光波が角膜表面を強打し、激しい痛打をもたらす。
平衡感覚を司る視覚情報を完全に奪われた男たちは、足をもつれさせ、互いに激突し、積み上げられていた重量級の木材パレットへと頭から突っ込んで床へと崩れ落ちた。
「今です、走ってください!」
シオンはアーク放電のスイッチを切り、反射板を床へ投げ捨てると、エルネスタの華奢な右手を力強く握り締めた。
そして、倉庫の最深部、先ほど構造を確認しておいた木製の排煙ダクトのルーバー扉へと大股で駆け寄った。
シオンは手にした大型モンキーレンチの先端を、ダクトの鋳鉄製蝶番の隙間へと滑り込ませると、テコの原理で瞬時に金属リベットをへし折った!
バキンッ!と乾いた破壊音とともに扉が外れる。
「きゃっ……!」
シオンはエルネスタの腰を支えてダクトの開口部へと押し上げ、自らも身を滑り込ませて、倉庫の裏手の細い路地へと脱出した!
背後の倉庫内からは、悶絶する刺客たちの怒号と、崩落した木材パレットの重々しい地響きが木霊していた。




