第39話:挟撃のエルネスタ~闇から放たれたクロスボウの矢~
キィィィィィィィィッッッ!!
刺客のリーダーがクロスボウの引き金を絞り切ろうとしたその刹那。
高架下の蒸気と静寂を暴力的に引き裂いたのは、濡れた敷石の上で猛烈にタイヤをスリップさせながら突進してくる、黒光りする鋼鉄の巨躯の咆哮だった。
瓦礫の山を力任せに粉砕しながら突入してきたのは、帝国警察特別捜査局が誇る、非公式の特装蒸気装甲車!
排気管から青白い火花と熱風を撒き散らし、重さ三トンを超える車体が真横に豪快なドリフトを決めながらスピンし、シオンと刺客の間へと割り込んだ。
パアァァァンッ!!
車輪が完全に停止するよりも速く、乾いた鋭利な銃声が狭いレンガ空間に炸裂した。
放たれたクロスボウの毒矢が、助手席の防弾窓の隙間から突き出された銃口から放たれた一粒の鉛弾によって、空中で真っ二つに撃ち抜かれ、火花を散らして敷石へと弾け飛んだ。
神業としか形容しようのない、超精密な狙撃!
「なっ……なんだとぉっ!?」
刺客が仰天して目を見張る中、特装車のボンネットを軍靴で力強く蹴り、夜会服のような端麗な軍服コートを翻して飛び降りてきたのは――。
プラチナブロンドの長髪を美しくなびかせ、煙を上げる官給四十四口径リボルバーを両手で構えた、エルネスタ・フォン・ヴァレンタイン警視その人だった。
「そこまでよ! 帝国特別捜査局警視エルネスタ・フォン・ヴァレンタイン!」
エルネスタの涼やかで凛とした声が、充満する蒸気を切り裂いて響き渡った。
「白昼堂々、帝都の路上において凶器を所持し、一般市民への計画的暗殺を謀った現行犯です! 武器を捨てて両手を頭の後ろへ回しなさい!」
青い瞳を氷の刃のように研ぎ澄ませ、エルネスタは一切の躊躇なく刺客たちへと銃口を突きつけた。
だが、刺客たちは一瞬怯んだものの、相手が若い女捜査官一人であると知るや、下卑た舌なめずりをしてナイフを構え直した。
「特別捜査局のお嬢ちゃん警視だと……? へっ、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ! 目障りな時計屋と一緒に、ここで仲良く骸になって消えてもらうぜ!」
「死ねえええっ!」
火傷を負った三人の男たちが、腰から予備の毒塗り投げナイフを引き抜き、エルネスタとシオンに向けて一斉に投擲してきた!
「伏せて、シオン!」
エルネスタが叫びながら横へと地を蹴り、シオンの手首を掴んで強引に引き倒した。
ヒュンヒュンヒュン!と鋭い風切り音を立て、三本の毒ナイフが特装車の厚い装甲板に突き刺さり、キィンと火花を散らす。
「なぜ貴方がここにいるのです、エルネスタ警視!?」
敷石の上に倒れ込みながら、シオンが驚愕の声を上げた。至近距離で見つめ合う二人の視線。
「あなたを逮捕するためよ! 勝手に刺客に殺されて口を封じられては、ジュリアンの事件の真相が闇に葬られるでしょうが!」
「逮捕……? 相変わらず口の減らないお嬢様ですね」
「黙って! 頭を下げていなさい!」
エルネスタは息を弾ませながら、装甲車のホイールの影から素早く腕を伸ばし、立て続けに二発の銃弾を放った。
ズドォン! ズドォン!
アカデミー首席の神業射撃が、突進してきた刺客二人の太ももと膝頭を正確無比に撃ち抜く。
「ぎゃあああっ!?」
男たちが悲鳴を上げて床へと転がるが、残るリーダー格の大男が、腰のホルスターから金属製の小型擲弾筒を引き抜くのが見えた。
「チッ、小娘が図に乗りやがって! 貴様らまとめて吹き飛べぇぇぇっ!」
「しまっ……!?」
エルネスタの顔色が変わる。リボルバーの残弾はあと一発。相手の引き金が落ちる前に眉間を撃ち抜くことはできても、落とされた擲弾がこの狭い高架下で爆発を起こせば、主蒸気管が連鎖破裂し、二人とも瓦礫と三百度の蒸気の下敷きになって即死する!
「エルネスタ、こっちです!」
シオンが叫び、エルネスタの細い腰を力強く抱き寄せると、真横にあった木造の資材保管倉庫の通用扉を蹴破った!
「きゃっ……!?」
二人が倉庫の中へと転がり込んだコンマ五秒後、背後の高架下通路で、凄まじい閃光とともに爆風と瓦礫の嵐が吹き荒れた!
ドオオオオオオオオオンッッッ!!
猛烈な爆圧によって倉庫の木製扉が粉々に吹き飛び、大量の木屑と粉塵、そして熱い鉄片が雨のように降り注ぐ。
暗い倉庫の床板の上、シオンの広い胸の中にエルネスタがすっぽりと抱き留められた体勢で、二人は倒れ込んでいた。
互いの激しい息遣い、早鐘を打つ心臓の鼓動が、薄い衣服越しにダイレクトに伝わってくる。
吹き飛んだ扉の隙間から、立ち込める黒煙と石炭ガスの臭気が流れ込み、倉庫内の埃を舞い上がらせていた。
エルネスタはシオンの胸元に額を押し当てたまま、荒い息をつき、リボルバーのシリンダーをカチリと回転させた。
「……残弾、ゼロよ。予備の弾薬ベルトは、車の中央コンソールに置いてきてしまったわ」
エリート警視の声に、わずかな悔しさと焦燥が滲む。
「装甲車は外の瓦礫で完全に塞がれましたね。正面から脱出するのは不可能です」
シオンは冷静に周囲を見回した。
ここは、鉄道用の枕木や木製パレットが天井近くまで積み上げられた、巨大な資材倉庫の最深部。
窓はすべて頑丈な鉄格子で塞がれ、出入り口は先ほど爆破された正面の通用口しかない。完全なる袋小路。
そして――外の高架下からは、負傷したリーダーが叫ぶ怒声と、路地の向こうから駆けつけてくる複数の増援の足音が、急速に近づいてきていた。
「探せ! 倉庫の中に逃げ込んだぞ! 瓦礫をどかして押し入れ!」
「生かしてここから出すな! 時計屋も女警視も、ミンチにして運河へ沈めろ!」
数十の荒い軍靴の音が、砂利を踏みしめながら倉庫の周囲を完全に包囲していく。
絶体絶命の包囲網。
だが、シオンは倒れ込んだ床の上で、肩に掛けていた革の工具鞄を手元に引き寄せ、その金属金具を静かに外していた。
その瞳の奥には、恐怖など微塵もなく、科学と工学の知恵で武力集団を迎え撃つための、青白い知性の炎が灯っていた。




