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クロックワーク・アリバイ 〜裏社会の天才時計技師、自分が作った「鉄壁の不在証明」を法廷で解体する〜  作者: 六井求真


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第121話:帝都中央駅の汽笛、偽装夫婦の旅立ち

翌朝、午前八時三十分。

 帝都の交通の要衝、帝都中央駅の巨大なガラスと鋳鉄で組まれたアーチ天井の下は、濛々と立ち込める白い蒸気と、数百人の見送り客たちの熱気ある喧騒に包まれていた。

 第一プラットホームの重厚なレールの上には、世界最大の超巨大装甲蒸気機関車『大陸横断特急リヴァイアサン号』が、鈍い鉄の光沢を放ちながら威容を誇っていた。

 漆黒の巨大なボイラー、十個の巨大な動輪、そして真鍮の鋲で補強された重厚な客車列。

 各車両の乗降口の前には、銃剣付きの魔導小銃を構えたクライン重工の私設警備兵たちが物々しい警戒態勢を敷いており、乗車する貴族や富豪たちの身元を厳重にチェックしていた。

 そのプラットホームを、一際目を引く一組の男女が歩いていた。

 男性は、仕立ての良い濃紺の高級ウールスーツに身を包み、銀の懐中時計の鎖をベストから覗かせたシオン・エルロード。普段の職人服の面影はなく、まるで若き名門の学者貴族のような理知的な気品を漂わせていた。

 そしてその腕にそっと手を添えて寄り添っていたのは――息を呑むほどに美しい女性だった。

 ペールブルーの上品なシルクの旅行用ドレスに、つばの広い優雅な羽根付き帽子。

 帽子の下から覗く艶やかな銀髪と、透き通るような白い肌。

 エルネスタ・ヴァレンタインだった。

 普段の凛々しい軍服姿とは一変した、誰もが振り返る完璧な貴族令嬢の装い。

 その左手の薬指には、シオンと同じ白金の指輪が朝光を受けて清らかに輝いていた。

 行き交う紳士たちが思わず足を止めて見惚れるほどの輝きを放っていた。


「親方ぁぁぁっ! お姉ちゃぁぁぁんっ!!」


 人混みをかき分けて、トビーが満面の笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。

 その後ろからは、紫の毛皮のストールを肩に羽織り、艶やかな黒いドレスを着こなしたクラリスが、優雅な足取りで付き従って歩いてくる。

 プラットホームのあちこちでは、少年新聞売りが鈴を鳴らしながら高らかに号外を売り歩いていた。


『号外! 号外! 貴族院特捜部ハルトマン卿、汚職と殺人教唆で電撃失脚! 国家の至宝『黄昏の幻影画』を救った謎の若き天才時計技師、シオン・エルロードの神業推理!!』


 その声を聞いたエルネスタは、嬉しそうにシオンを見上げて微笑んだ。


「ふふっ、シオン殿。帝都中の英雄になってしまいましたわね」

「……やめてください。職人は日陰で静かに仕事をするのが本分です」


 シオンは照れくさそうに帽子の鍔をクイと下げて顔を隠した。

 トビーは目を丸くして二人を見上げた。


「すっげえや親方! 本物の大貴族の若旦那みたいだぜ! それに、お姉ちゃん……すっごく綺麗だ! 帝都で一番のお姫様みたいだよ!」

「まあ……! ありがとう、トビー君」


 エルネスタは嬉しそうに微笑んだが、その頬は微かに桜色に染まっていた。

 クラリスがすっとシオンの隣に歩み寄り、扇子で口元を隠しながら妖艶に耳打ちした。


「ふふ……どうかしら、シオン? 私の見立てたドレス、エルネスタちゃんにぴったりでしょう? こんな絶世の美女を妻にして旅に出られるなんて、男冥利に尽きるわね」

「クラリス殿、これはあくまで潜入捜査の偽装任務です」

「あら、任務だからって本気になっちゃいけない法はないわよ? ……エルネスタちゃん、狭い特等寝台個室だからって、夜中にシオンを襲っちゃ駄目よ?」

「なっ……な、何を仰いますのクラリス殿っ!! し、襲うだなんて……そんな恥知らずな真似、私がするはずありませんでしょう!!」


 エルネスタが帽子の下から湯気を立てて真っ赤になり、扇子を広げてパタパタと顔を煽った。

 クラリスは楽しそうに笑いながら、エルネスタのハンドバッグに小さな香水瓶のような小瓶をそっと滑り込ませた。


「お守りよ、エルネスタちゃん。万が一の時にはピンを抜いて投げなさい。濃密な催眠性の煙幕が張れるわ。……もちろん、シオンをベッドへ押し倒すのに使ってもいいけれどね」

「使いますかっ!!」


 その微笑ましい様子に、周囲の乗客たちからもクスクスと温かな笑い声が漏れる。

 やがて、けたたましいベルの音がプラットホームに鳴り響いた。

 発車五分前を告げる警鐘だった。

 プラットホームの改札口で、クライン重工の私設警備兵が厳しい視線で二人の乗車券を改めた。


「『エルロード男爵夫妻』……特等寝台七号室ですね。失礼いたしました、どうぞご乗車ください」


 警備兵が敬礼し、列車のステップを開けた。

 シオンは立ち止まり、自然な動作で自らの右腕を差し出した。

 そして、エルネスタの瞳を真っ直ぐに見つめ、穏やかで優しい声で言った。


「行きましょうか、私の愛しい妻(マイ・ワイフ)」

「っ……! は、はい……あ、あなた……っ」


 エルネスタは恥ずかしさに震えながらも、シオンの差し出した腕に自らの白い手をぎゅっと絡ませ、その胸元へと身を寄せた。

 二人は見事な貴族夫婦の足取りで、リヴァイアサン号の重厚な真鍮のステップを上っていった。

 プォォォォォォォン――!!

 巨大な蒸気汽笛が帝都の空を切り裂き、白い蒸気の柱がドーム天井へと噴き上がった。

 ガタゴトと重い衝撃と共に、巨大な動輪がゆっくりと回転を始める。

 トビーが力いっぱいに手を振り、クラリスが優雅に扇子を振って見送る中、大陸横断特急リヴァイアサン号は、運命のレールの上を滑るように加速していった。

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