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クロックワーク・アリバイ 〜裏社会の天才時計技師、自分が作った「鉄壁の不在証明」を法廷で解体する〜  作者: 六井求真


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第108話:暴走する銃口と、阿吽の制圧

「死ねぇぇぇっ、シオン・エルロード!!」


 狂乱したギュスターヴ・ハルトマン卿の絶叫が、第一大法廷の巨大なドーム天井に木霊した。

 彼の右手にある小型魔導拳銃の黒光りする銃口が、証言台に立つシオンの眉間を狂気じみた精度で捉えていた。

 カチリ、と撃鉄が引き起こされる死の金属音。

 法廷内の全員が悲鳴を上げ、裁判官たちが机の下へと滑り込み、傍聴席の貴族たちが頭を抱えて一斉に伏せる。

 銃口の火薬が爆発し、弾丸が音速を超えて頭蓋を粉砕するまで、わずかコンマ数秒。

 常人であれば、恐怖に身をすくませて目を閉じるか、無駄に身を捩るしかない、絶体絶命の死線。

 だが――シオン・エルロードは、微動だにしなかった。

 その氷のように澄み渡った藍色の瞳は、銃口の向く直線ベクトル、ハルトマンの人差し指の腱の収縮速度、そして撃鉄が落ちるまでの力学的時間を、ミリ秒単位で冷徹に計算していた。

 ハルトマンの指が引き金を絞り切る、まさにコンマ零三秒前。

 シオンの右手の指先が、目にも留まらぬ速度で翻った。

 ピィンッ――!!

 空気を切り裂く鋭利な金属音が、静寂を一瞬で切り裂いた。

 シオンが時計の修理に用いる、超硬質チタン合金製の極細ピンセット。それが、回転する手裏剣のように猛烈なスピンと角運動量を帯びて放たれたのだ。

 精密な時計のひげぜんまいをミクロン単位で扱う、世界一の時計師の指先が生み出す、神業の超精密投擲。

 チィィィンッ!!

 甲高い打撃音と共に、ピンセットの先端が、ハルトマンの拳銃のフレームと、勢いよく振り下ろされた撃鉄(ハンマー)の隙間へと、寸分の狂いもなくガチリと食い込んだ。

 カチッ……!

 撃針が雷管に届く直前、チタンの金属片に阻まれた撃鉄が完全に停止した。

 不発!


「なっ……!? な、なぜ弾が出ん……!?」


 ハルトマンが愕然と目を見張り、引き金を何度も乱暴に引き直そうとした、その刹那だった。

 シオンの隣から、青い稲妻のような疾風が駆け抜けた。


「ハルトマン卿、そこまでですわ!!」


 エルネスタ・ヴァレンタインだった。

 純白の飾緒を閃かせ、彼女は一切の躊躇なく大理石の床を強く蹴り上げた。

 軍服の裾が翻り、優美にして苛烈な右足のハイキックが、ハルトマンの手首へと電光石火の軌道で叩き込まれる。

 バシィィィッ!!

 手首の関節を正確に撃ち抜かれ、ハルトマンの握力が吹き飛んだ。

 手放された小型魔導拳銃が、放物線を描いて法廷の宙を舞う。

 シオンは前に歩み出ながら、落ちてきた拳銃の銃身を、まるで投げられた懐中時計を受け止めるかのように、左手で軽やかにキャッチした。

 同時に、エルネスタはハルトマンの背後へと回り込み、彼の右腕を背中へ向けてねじ上げると、容赦なく大理石の床へと叩き伏せた。

 ドガァンッ!!


「ぐあぁぁっ!?」


 大理石の冷たい床に顔面を押し付けられ、ハルトマンが激痛に呻き声を上げる。

 エルネスタは自らの膝をハルトマンの背骨へと体重をかけてめり込ませ、腰のホルスターから真鍮の手錠を引き抜くと、背中にねじ上げたハルトマンの両手首へと容赦なく噛み合わせた。

 ガチャンッ、カチャリ!!


「公務執行妨害、法廷侮辱、殺人教唆、ならびに国家反逆罪――現行犯で逮捕いたします!」


 エルネスタの凛とした、一切の妥協のない声が、静まり返った大法廷に響き渡った。

 息を呑むような一連の制圧劇。

 シオンの神業のような投擲による撃発妨害から、エルネスタの体術による逮捕まで、わずか三秒足らずの完璧な連動だった。

 エルネスタは立ち上がり、乱れた銀髪を手で払いながら、すぐさま振り返ってシオンの全身を確かめた。そのアイスブルーの瞳に、隠しきれない焦燥と心配の色が浮かぶ。


「シオン殿! お怪我はありませんか!? 無事ですの!?」


「ええ、かすり傷一つありませんよ。……見事な体術でした、エルネスタ執行官」


 シオンは手元の拳銃のマガジンを抜き、安全を確認しながら穏やかに微笑んだ。


「あなたが必ず動いてくれると信じていましたから」


「……っ」


 エルネスタは安堵のあまり胸を撫で下ろし、真っ赤になった顔をそっと伏せた。

 その瞬間――!

 ワァァァァァァァァッ!!!!

 傍聴席を埋め尽くしていた記者たち、そして貴族たちから、割れんばかりの万雷の拍手と歓声が爆発した!

 記者たちが一斉にフラッシュを焚き、傍聴席の最前列でギルバート警部が太い腕を突き上げて快哉の叫びを上げる。

 壇上の老裁判長が、震える手で真鍮の木槌を力強く振り下ろした。

 ガァンッ!! ガァンッ!!


「静粛に! 静粛にせよ!! ……本法廷は、これより最終判決を言い渡す!」


 老裁判長は立ち上がり、証言台のシオン、そして床に組み伏せられたハルトマンを見据え、威厳に満ちた声で判決文を読み上げた。


「被告人シオン・エルロードは無罪! すべての容疑を晴らし、国家の至宝を守り抜いた功績を認める! 憲兵隊、直ちに重罪人ギュスターヴ・ハルトマンの身柄を連行し、国家反逆審理委員会へと引き渡せ!!」


 老裁判長は壇上から降り、シオンとエルネスタの前へと歩み寄ると、深々と頭を下げた。


「エルロード技師、ヴァレンタイン執行官。帝国の法と司法の尊厳を守り抜いてくれたこと、心より感謝申し上げる。君たちの勇気と真実こそが、この帝国に差す光だ」


 正義の女神テミス像が見守る中、法廷は真実の勝利を讃える熱い歓声に包まれていた。

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