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クロックワーク・アリバイ 〜裏社会の天才時計技師、自分が作った「鉄壁の不在証明」を法廷で解体する〜  作者: 六井求真


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105/122

第105話:第2幕:千人のアリバイ解体(立体虚像の証明)

「なるほど。では第2幕――最も難攻不落と信じ込まれていた【千人の目撃者による鉄壁の不在証明】を解体いたしましょう」


 シオンの冷徹な宣告に、法廷内の空気が再び張り詰める。

 シオンは木箱から、大講堂の天井裏から回収してきた石英光ファイバーケーブルの束、そして超音波ピエゾ素子を内蔵した真鍮製ミストノズルを取り出した。


「昨夜二十一時、大講堂に集まった千人の観客は、誰一人として嘘の証言をしてはいません。彼らの瞳は確かに、演壇の上で華麗な手品を披露する天才魔術師カミーユ・デュプレの姿を網膜に捉えていました。……しかし、千人の人間が見ていたのは、血肉の通った生身の人間ではなく――光と水滴が織りなす【等身大の立体虚像】だったのです」


「立体虚像だと……!? 人間を丸ごと幻灯機で空中に映し出していたというのか!?」


 裁判官の一人が驚愕の声を上げた。


「ただの幻灯機ではありません。スクリーンとなる布を垂らせば、誰の目にも偽物だと即座に見破られます。ですが、もしそのスクリーンが、目に見えないほど微細な水滴の膜であったならどうでしょうか?」


 シオンはトビーに視線を送った。

 トビーが法廷の中央、証言台の前の床に置かれた小型コンプレッサーのバルブを素早く開放する。

 シュラァァァァ……。

 超音波ピエゾ素子の超高周波振動によって霧化された、粒径五百ナノメートル――可視光線の波長と全く同じ微細水滴の薄いカーテンが、法廷の空間へと音もなく立ち上った。

 そこへ、シオンが手に持った高輝度アーク集光ランプの光束が、石英光ファイバーを通じて斜め上空から照射される。

 パッ――!!

 法廷の宙空に、忽然として姿を現したのは――真紅の裏地のコートを羽織り、白手袋の手でトランプを扇状に広げて不敵に微笑む、等身大の魔術師カミーユの姿だった!


「う、うわあああああっ!?」


「出た! カミーユだ! カミーユが法廷の空中に立っているぞ!!」


 傍聴席から悲鳴と歓声が爆発した。

 記者たちが狂ったように立ち上がり、カメラのフラッシュが激しい光の嵐となって法廷を白く染め上げる。

 宙に浮かぶカミーユは、服の細かな刺繍や髪の毛のそよぎ、手元のトランプの絵柄にいたるまで、まるでそこに本物の人間が立っているかのように鮮烈な立体感を保っていた。

 シオンは静かに歩み寄り、虚像の腹部へと、何のためらいもなく自らの腕を突き入れた。

 ざわり、と法廷が息を呑む。

 シオンの手は何の抵抗もなく虚像を通り抜け、光の粒子がシオンの袖口でキラキラと乱反射した。


「光の波長と同等の微細水滴による【前方ミー散乱】。粒子径dと光の波長λの比がほぼ一となる極限条件において、光は前方へ極めて強く散乱されます。屈折率一点三三の水滴膜が空中で完全な光学位相整合を生み出すことで、光は霧の中で散乱して白濁することなく、直進性を保ったまま空中に焦点を結びます。客席のどの角度から見ても、本物の人間がそこに立っているかのような完全な立体錯覚を生み出すのです」


 シオンは黒板に大講堂の断面図と光路計算書を貼り出し、指示棒で指し示した。


「そして、これこそが決定的な物理的証拠です。事件当夜、大講堂で撮影された報道写真。満月の夜、演壇の床には薔薇のステンドグラスを通ったコバルトブルーの光と、格子の影が鮮明に落ちていました。しかし――演壇に立っていたカミーユの白いシャツの上には、格子の影が一切落ちていなかった! 青い光は偏光方向の違いにより水滴膜を素通りし、実体のない光の像に影を作ることはできなかったのです!」


 さらにシオンは、音響分析グラフの波形図を掲げた。


「さらに音響記録。三階映写室のマイクから天井のスピーカーへと送られた音声には、電気信号の配線遅延と空気中の音速差により、視覚情報に対してコンマ零五秒の遅延が生じていました。カミーユは演壇に立っていなかった。大講堂三階の旧映写室に据え付けられたシュミット式凹面鏡とアーク放電灯の前に立ち、自らの姿を光ファイバーで演壇へ投影していたのです。したがって――カミーユには演壇を抜け出し、美術館へ移動する物理的自由が完全に存在したのです!」


 エルネスタが続いて法廷を見渡し、毅然と言い放った。


「千人の目撃者という絶対の不在証明は、物理工学によって完全に解体されました! 特捜監査官がこの事実を検証もせず、千人の証言のみを盾にしてシオン殿を即決死刑に処そうとしたこと自体、意図的な司法の悪用ですわ!」


 ドォォォォンッ!!

 裁判長の木槌が、思わず手から滑り落ちて大理石の台座に当たった。

 千人の目撃者という、帝国の司法史上かつてない絶対障壁が、シオンの科学的論理によって完全に粉砕された瞬間だった。

 だが、ハルトマンは追い詰められながらも、獰猛な狂気を瞳に宿して嗤った。


「く、くく……! 素晴らしい頭脳だ、時計屋! だが貴様は自らの墓穴を掘ったぞ! カミーユのアリバイが偽装だったというなら、やはりカミーユこそがベルク館長を殺害した真犯人ではないか! なぜ貴様は、その殺人鬼を庇い立てするのだ!?」

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