第102話:白薔薇の乱入、「その判決に異議を唱えます!」
法廷内のすべての視線が、粉々に弾け飛んだ大扉の入口へと一斉に吸い寄せられた。
記者たちのカメラのマグネシウム閃光が一斉に炸裂し、白煙が立ち込める。
逆光の朝の陽光を背に浴びて、大理石の中央通路を毅然たる足取りで進み出てきたのは――正装の帝国法務執行官の軍服に身を包んだ、エルネスタ・ヴァレンタインだった。
濃紺の上質なウール生地に、純銀の飾緒が歩調に合わせて鋭い光を放ち、胸元には帝国法務省の威信を象徴する白銀の『白薔薇徽章』が凛として咲き誇っている。
乱れ一つない美しい銀髪をなびかせ、そのアイスブルーの瞳は、壇上の五名の裁判官たち、そしてハルトマン卿を真っ向から射抜くように見据えていた。
彼女の背後には、正装の警察手帳を掲げたギルバート警部が、重厚な体躯で仁王立ちとなり、護衛のように付き従っている。
「エ、エルネスタ執行官……!?」
ハルトマンの顔から勝ち誇った笑みが瞬時に消え失せ、狼狽と怒りに顔が激しく引き攣った。
「な、なぜ貴様がここにいる! 貴様は逃亡犯シオンに加担した凶悪共犯者として、全国に指名手配されているはずだぞ!」
「共犯者ですって? 笑止千万ですわ、ハルトマン卿!」
エルネスタは通路の中央、証言台の正面まで優雅かつ力強い足取りで進み出ると、手袋をはめた手で懐から一枚の真紅の羊皮紙を取り出し、壇上の裁判長席へとビシィンと突きつけた。
黄金の糸で刺繍された、帝国最高司法評議会およびヴァレンタイン公爵家の公印。
「帝国法務省特命執行官エルネスタ・ヴァレンタイン! ならびに公爵家当主の委任状に基づき、帝国憲法第百四条に定める【最高執行権限】を発動します! 帝国刑事訴訟規則第三十二条に基づき、本査問法廷の審理の即時差し止め、ならびに事件の真相に関する【重大反証証拠】の提出を要求いたします!」
「なっ……ヴァレンタイン公爵の委任状だと!?」
壇上の五名の裁判官たちが一斉に色めき立ち、狼狽して腰を浮かせた。
司法省と貴族院に絶大な影響力を持つ名門ヴァレンタイン家の最高権限書。いかにハルトマンが軍需派閥をバックにつけていようとも、これを無視して裁判を強行すれば、法的手続きの重大な瑕疵として裁判官自身が弾劾裁判にかけられるのだ。
「き、貴様ぁ……!」
ハルトマンがギリギリと歯噛みし、拳を固く握りしめた。
「法務執行官の分際で、国家反逆者を庇い立てする気か! シオン・エルロードが美術館の国宝を破壊し、館長を殺害した事実は動かぬ物証によって証明されているのだ!」
「動かぬ物証? 何を仰いますか、ハルトマン卿」
エルネスタは冷徹な眼差しで、ハルトマンの隣に置かれた黒塗りのジュラルミンケースを鋭く指差した。
「あなたがそこに持ち込んでいるケースの中身……それこそが、昨日事件現場から回収された、近代石油系合成顔料で描かれた【真っ赤な贋作】ですわ!」
「な、何だと……!?」
「ベルク館長を殺害したのはシオン殿ではありません。館長自身が企てた保険金目当ての自作自演狂言を逆手に取り、時計の機構をハッキングして処刑した真犯人が別に存在します。そして――あなたが今朝まで私邸の地下金庫に隠し持っていたはずの真の国宝『黄昏の幻影画』、ならびにその裏地に十年間封印されていた先帝陛下の真の遺言書こそが、この事件のすべての発端なのです!」
法廷全体に、雷鳴が轟いたような凄まじいどよめきと怒号が巻き起こった。
先帝陛下の真の遺言書――その禁断の単語が出た瞬間、傍聴席の貴族院議員たちが一斉に顔色を白濁させ、記者たちが一斉に立ち上がって怒涛の質問を浴びせ始めた。
「遺言書だと!? 十年前のあれが実在したというのか!?」
「ハルトマン卿がそれを私邸に隠し持っていたというのは本当なのか!?」
「だ、黙れ! 静粛にせよ!」
ハルトマンは顔を真っ赤にして絶叫し、法廷の護衛憲兵たちに怒号を浴びせた。
「出鱈目だ! その女は狂っている! 衛兵、直ちにエルネスタを国家反逆容疑で拘束し、法廷から叩き出せ!」
その時、大扉の外からトビーが少年らしい威勢のいい掛け声と共に、巨大な布に覆われた車輪付きの大型木箱を、法廷の中央通路へとガラガラと運び込んできた。
傍聴席がさらに大きくざわめく中、エルネスタは胸元に提げた母の形見の銀の懐中時計をそっと手袋越しに握りしめた。
チクタクと狂いなく刻まれる銀の針は、正午の開廷時刻まであと五分を指していた。
エルネスタは傍聴席の記者たちを見据え、気高く通る声で言い放った。
「記者の方々、よくお聞きなさい! 真実を記録し、帝国臣民に伝えるのが報道の使命です! 法を弄び、無実の者を陥れ、国家の至宝を私利私欲のために奪い去った真の反逆者……ギュスターヴ・ハルトマン卿! この神聖なる法廷で裁かれるべきは、シオン殿ではなく――あなたです!」
エルネスタのアイスブルーの瞳が、勝利と正義の確信に輝いた。
彼女は法廷の天井――大時計塔の文字盤が覗く通気回廊へと視線を向け、気高く澄んだ声で呼びかけた。
「そして――千人の不在証明と絵画消失のすべての物理的・工学的トリックを解体する、真実の証言人をここに召喚します! お入りなさい、シオン殿!!」




