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クロックワーク・アリバイ 〜裏社会の天才時計技師、自分が作った「鉄壁の不在証明」を法廷で解体する〜  作者: 六井求真


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第101話:最高裁判所の重い扉、仕組まれた査問会

午前十一時三十分。帝国司法省・第一大法廷。

 白大理石の巨大な円柱が三十本も立ち並び、天井には金箔と鮮麗なフレスコ画で彩られた巨大なドームがそびえ立つ、帝都随一の格式と威厳を誇る最高法廷である。

 正面の壁には、両目を布で覆い、天秤と両刃の剣を手にした巨大な『正義の女神テミス像』のレリーフが彫り込まれ、その足下には黒檀で作られた重厚な五席の裁判長席が、見下ろすように鎮座していた。

 法廷の奥深くに響くのは、大講堂よりも遥かに巨大な『司法省大時計塔』が刻む、チクタクという規則正しい重低音の歯車の振動音。

 だが、この日の神聖なる法廷に満ちていたのは、厳正なる法と公平なる正義の空気などでは決してなかった。

 百名を超える傍聴席を埋め尽くしていたのは、貴族院の軍需派閥に属する重鎮議員たち、勲章で胸を埋め尽くした軍部の傲慢な高官たち、各国の特命全権大使、そして帝国新聞をはじめとする大手報道機関の記者たち。

 傍聴席の貴族たちは高価な羽毛扇子を弄びながら醜悪な密談を交わし、記者たちは帝都を揺るがす特ダネを確信してぎらついた視線を壇上へと注いでいた。

 壇上に座るのは、貴族院から選出された五名の主席裁判官。その中央に座る老裁判長は、退屈そうに銀の嗅ぎ煙草入れを弄び、すでに水面下で筋書きの決まり切った見世物裁判を早く終わらせたいと言わんばかりの、冷淡極まりない表情を浮かべていた。

 そして――検察側の演壇に立ち、冷酷な勝利の笑みを浮かべていたのは、特捜監査官ギュスターヴ・ハルトマン卿その人だった。

 濃紺の特捜軍服に黒いマントを翻し、鷲鼻の奥の灰色の瞳を野獣のようにギラつかせたハルトマンの傍らの演台には、頑丈な黒塗りのジュラルミンケースが重々しく鎮座していた。


「開廷の刻限である! 全員、粛粛に起立せよ!」


 廷吏の甲高い号令と共に、重苦しい静寂が法廷全体を押し潰す。

 ハルトマンは傲然たる態度で一歩前へ進み出ると、壇上の裁判官たち、そして傍聴席の貴族や記者たちを見渡しながら、劇場型の大音声で口火を切った。


「主席裁判長、ならびに賢明なる陪席裁判官の諸君! 本日、この神聖なる帝国最高査問法廷が緊急招集された理由はただ一つ。昨夜、帝国中央美術館において発生した、国家の根幹を揺るがす未曾有の凶悪犯罪の全貌を白日の下に晒し、叛逆者を断罪するためである!」


 ハルトマンは劇的な身振りで、傍らのジュラルミンケースをバンと音高く叩いてみせた。


「被疑者の名はシオン・エルロード! 下町で細々と時計修復業を営む無名の一職人に偽装しながら、その正体は――十年前の大時計塔炎上事件の首謀者クラウス・フォン・エルロードの歪んだ遺志を継ぐ、極めて危険な国家反逆思想の残党である!

 奴は昨夜二十一時、怪盗カミーユによる大講堂での手品の騒動を隠れ蓑にし、帝国の至宝たる国宝『黄昏の幻影画』を展示ケースから強奪しようと企てた! それを命がけで阻止せんとした敬愛すべきベルク館長を、地下修復庫の巨大振り子時計に悪魔的な細工を施して惨殺! さらに現場検証と称して展示室に乱入し、自らの犯行の証拠を隠滅しようとした現行犯である!」


 傍聴席の貴族たちから、口々に計画通りの罵倒とどよめきが沸き起こった。


「なんと破廉恥で凶悪な時計屋だ!」


「帝国の至宝を傷つけ、敬愛すべき館長を惨殺するとは言語道断! 即刻死刑に処すべきだ!」


 記者たちが狂ったように紙にペンを走らせる中、ハルトマンは冷笑を深め、さらに声を張り上げた。


「被疑者シオン・エルロードは現在、武装して逃走中であるが、犯罪事実は明白であり、一分の疑う余地もない! さらに奴は、あろうことか名門ヴァレンタイン家の令嬢たるエルネスタ法務執行官を暴力と欺瞞で脅迫し、逃亡の盾として連れ回している!

 帝国治安維持法第十七条、ならびに国家反逆処罰令に基づき、被疑者シオン・エルロードに対する【欠席裁判による即時死刑判決】、ならびに全財産の没収をここに強く要求する!」


 ハルトマンの完璧な論告求刑に、傍聴席から万雷の拍手と歓声が沸き起こった。

 壇上の老裁判長が満足げに深く頷き、大理石の台座の上に置かれた真鍮の木槌を重々しく握り上げた。


「……検察側の告発は極めて明快であり、状況証拠および押収された物証の整合性に一片の疑う余地なし。よって本法廷は、被告人シオン・エルロードに対し、国家反逆罪および強盗殺人罪の成立を認め、極刑たる絞首刑を――」


 裁判長の木槌が、台座へと振り下ろされようとした、まさにその刹那だった。

 ドガァァァァァァンッ!!!!

 法廷の最後尾――高さ五メートルを超える重厚な樫の木の大扉が、凄まじい轟音と共に両開きに蹴破られた。

 ビリビリと大理石の床を震わせ、頭上の巨大シャンデリアのクリスタルを激しく揺らす衝撃。

 静まり返った法廷の静寂を切り裂き、凛として澄み渡る、銀鈴のごとき気高い声が雷鳴のように響き渡った。


「その判決に、断固たる異議を申し立てます!!」

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