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第73話 残るもの

それから、一年あまりが過ぎた。


けれど、悠人の暮らしぶりは、思ったほど変わらなかった。


相変わらず家中の者ではなく、決まった禄も、家も、使う者もいなかった。身の回りに使う銭は、ときどき下される。飯も、着るものも、寝るところも、与えられたものだ。朝から板の間に座って紙を写す。名と日付を写し、合うものと合わないものを分けて、決められないものは脇へ寄せる。それで一日の大半が過ぎていく。


読めない字は与三郎に聞く。聞く回数は、前より減った。前なら丸ごと分からなかった書付も、たいていは目で追えるようになっていた。同じ手が書いた紙なら、次に見たときにはもう読める。書き手が変われば、また分かりにくくなる。それの繰り返しだった。


朝の運動は続けていた。庭の隅で体を伸ばして、腕を回して、少し走る。木刀は二、三日に一度、型をなぞるだけだった。誰かと打ち合う稽古はほとんどない。強くなったという実感はなかった。ただ、腕も脚も、来たころよりは肉がついて、袖を通すときに肩が少し詰まる。


竹と布で作ったボールは、まだ残っていた。


あれから少し手を入れた。竹の組み方を変えて、古布をもう一枚重ねて、出っ張っていたところを埋める。前よりは丸に近く、重さもちょうどよくなった。蹴ったときの痛みも少ない。続けて何回上げられるかを数えるのが、手の空いたときの癖になっていた。前は十まで届かなかったが、二十を越えることもある。


前に物置の陰から見ていた若い下働きが、あるとき近づいてきて、足元の球を指した。


「それは、何でござるか」


「蹴って遊ぶものです」


やってみるかと渡すと、一度目は爪先に当たらずに転がっていった。二度目も同じだ。足の甲で当てること、球の下を軽く当てること、力を入れすぎないことを教えると、三度目で一つ上がった。


それがおかしかったらしく、その男はしばらく笑っていた。六郎、と名乗る。


以来、板の間の手が空いて庭へ出ると、どこからか六郎が来る。二人で交互に上げたり、少し離れて蹴り合ったりする。数を数えるのはたいてい六郎の方で、悠人が十を超えると声を上げた。


鞠の方にも、あれから何度か呼ばれた。多いときで月に一度、間が空けば二月も空いた。


それからは、自分のボールを蹴るときも、蹴鞠のことを少し考えるようになった。強く上げすぎず、落ちてくるところを見て、右足の同じところへ当てる。もっとも、布を巻いたこちらは革の鞠よりずっと重い。当てる場所を確かめるだけで、蹴鞠の稽古にはならない。


沓にはなかなか慣れなかった。それでも当てるところは分かってきて、氏真の受けやすい高さへ返せることも増えた。「今のはよい」と言われるのも、初めのころより多くなった。


それ以上に分かったのは、氏真が蹴鞠になると少し変わるということだった。紙を前にしているときとは、ずいぶん違う。普段より声が大きくなり、うまく返せばすぐに声が飛んでくる。妙な方へ蹴れば、笑うこともある。


氏真との蹴鞠の帰りに、一度だけ、供を連れた二人の女に会った。


二人は渡りの手前から、こちらへ向かって歩いてきた。前を歩く方がいちばん立場が上で、その後ろが次、そのさらに後ろに供の者たちが続いているのは、見れば分かった。


周りの者の下がり方を見れば、普通にすれ違ってよい相手ではない。


悠人はとっさに端へ寄って、膝をついた。


足音が止まった。


「見ぬ顔じゃ」


供の一人が、悠人の名と、御用で来ていることを短く答える。


「高瀬というのは、そなたか」


「はあ」


それだけだった。二人はそのまま渡りを行く。後ろの方が一度だけこちらを見た。目が合ったのは、ほんの短いあいだだ。


板の間へ戻って与三郎に言うと、前の方が氏真の正室で、後ろが庵原殿だと教えられた。千代が仕えている人だ。


二人とも、見るのは初めてだった。


着ているものの名も、重ね方の決まりも、自分には分からない。それでも、これまで屋敷で見かけた女たちとは違うことくらいは分かった。布の落ち方も、色の重なりも、供の付き方も違った。足音の止め方にも、声のかけ方にも、慌てたところがない。


二人とも、思っていたより若く、年だけなら自分とそう離れていないように見えた。声をかけてきたのが氏真の正室で、その後ろからこちらを見ていたのが庵原殿だった。


膝をついたまま返事をしただけで、顔もほとんど見ていなかった。もう少し二人を見ておけばよかったと、なぜか少し惜しい気がした。


その何日か後、千代と顔を合わせたときに先日の二人のことを話した。


「仲、いいんだよ」


「そうなの?」


「うん。私も何度か、二人で話してるところにいたことあるし」


意外だった。身分も立場も違って見えたが、千代によれば、二人で和やかに話していることは珍しくなかったらしい。


この一年、町へ出る用も月に何度かあった。そのおかげで、道はだいたい覚えた。近い方と遠回りの区別もつく。


紙や墨を買う店も決まってきて、行けば先に出してくれる。荷を運ぶ者とすれ違うときの避け方も、身についた。顔を覚えられて、通りがかりに声をかけられることもある。誰それの知り合いというほどではない。ただ、知らない者ばかりではなくなった。


町より遠くへ出る用も、月に一度ほどあった。そういうときは腰刀を差す。最初のころは、歩くたびに腰の重さが気になった。このころには、そこまで意識しなくなっていた。ただ、腰に差したまま歩くことに少し慣れただけで、刀の扱いに慣れたわけではない。


春に、浅間の祭りがあった。


その日は与三郎と町へ出る用があって、帰りに人の流れへ巻き込まれた。道の脇に桟敷が組まれていて、家中の者も何人か上がっている。稚児の舞があるらしく、そのあたりだけ人が厚い。


「見ていくか」


与三郎が足を止めたので、悠人も後ろから覗いた。笛と太鼓の音が、途切れながら聞こえてくる。舞そのものは、人の頭の隙間から少し見えただけだった。


帰りがけに、紙を買う店の前を通った。店の者が気づいて声をかけてくる。祭りの人出のことを二言三言かわして、それで済んだ。


祭りから何日かたった、よく晴れた日の午後、門の方へ呼ばれた。


そこに置いてあったのは、輪が一つの乗り物だった。一輪車と呼んでよいのかは分からないが、前の冬に悠人が板へ描いて職人に見せたものが、形になったらしい。


木の輪の外側に鉄の帯を巻いて、その上へ座るところを載せてある。両側に踏み板が出ていて、あとは何もない。悠人の記憶にある一輪車より、ずっと厚くて重そうに見える。


年かさの男が車体の脇にいた。踏み板の付け根を指して、ここを厚くしたと言う。心棒の通し方も前とは変えたらしい。悠人は屈んで、輪とのつなぎ目を見た。


そのうちに、人が集まりはじめる。


門を通りかかった者が足を止め、そのまま残る。珍しい物があると聞いたのか、後から来る者もいる。源左衛門も来ていた。着ているものの違う者が何人か混じりはじめて、そのあたりだけ人の立ち方が変わった。


やがて、人垣の向こうに、供を二人連れた人影が立った。年かさの男が膝をつき、周りの者も後ろへ退く。悠人も倣って頭を下げた。顔を上げると、氏真は人垣の外に立ったままだった。


源左衛門が横から悠人を見る。


「乗ってみせよ」


「はあ」


またがると、座るところが硬い。足を離した途端に傾いて、すぐ足をついた。二度目も同じだ。体が覚えている気はするのに、そのとおりに動かない。


三度目で、少し進んだ。十歩ほど行って、また足をついた。輪は滑らかに回らず、踏むたびに引っかかるような手応えがある。それでも、輪が一つで人が乗ることは乗った。


年かさの男が輪の脇へ屈んで、心棒のあたりを見ている。源左衛門は何も言わない。人垣の外で、氏真が供の一人へ何か言った。それから、短く笑う声がした。


渡りの方に人が何人か立っていて、その後ろに千代がいた。奥の用で来ていたらしい。よろけたところを見られたのだろう。笑うのをこらえている顔だった。目が合って、すぐにそらされる。


氏真たちが離れたあと、悠人はもう一度、輪を手で回してみた。やはり重い。心棒のあたりにも、まだ引っかかるところがある。


けれど、前の二つ輪ほど込み入ってはいない。もう少し軽くして、輪が滑らかに回るようになれば、これはこれで使えるかもしれない。速く走る物ではないが、狭いところを少し動くだけなら、使い道はある気がした。少なくとも、乗れない物ではなかった。


一つ輪は、そのあとまた職人の手へ戻った。直すところは、まだいくつもあるらしい。


それから春が過ぎた。朝夕の涼しさがなくなり、昼の板の間に熱がこもるようになる。


そんなころ、奥からの届け物を受けた帰りに、渡りで千代と行き会った。京で公方様が討たれたらしい、と与三郎から聞いた話を、そのまま伝えた。千代はしばらく考えてから、足利義輝という名を出した。将軍で、殺された人だ、というところまでは覚えていた。


ただ、それがこの年のことだったかまでは分からないという。教科書を見れば何か書いてあるかもしれないが、あれは庵原殿の実家にあって、頼んで見せてもらえるかどうかも分からない、と千代は言った。最後は苦笑いになって、それきりその話は出なかった。分かっていることと、分かっていないことが、千代の中でも同じ並びにはなっていないらしい。


秋になっても、三河や遠江から回ってくる紙は途切れなかった。人も来る。名を取って、道を聞いて、泊まる家を書く。同じことを、日を変えて繰り返している。名前も地名も、日によって増えたり減ったりする。行き先の欄が空いたままの紙も、去年より多い。空いている分は、こちらでは埋められない。上でどうなるのかも聞いていない。どこへ向かっているのかは、紙の上には出てこない。


冬が近づくと、外の用が減って、板の間にいる時間が長くなった。庭へ出ても、足先から冷えて、ボールを蹴る気にはならなかった。


そのうちに、また息が白くなった。


年の暮れが近い。板の端には、片づかないまま残った紙が目立つ。


その朝は、手元の紙を分けていた。


もう上へ回せるもの。まだ動いているもの。しばらく残りそうなもの。


紙ごとに、埋まるべきところは違う。必要なところが揃えば上へ回し、空いたところが残れば脇へ戻す。悠人が決めるのは、そこまでだ。


端へ寄せた分は、思ったより多かった。中には、一昨年の暮れから引かないままになっている控えもある。合わない名と、戻った印のつかない控えと、行き先の知れない紙。どれも悠人が写して、どれも悠人には続きが分からない。


「高瀬。そちらの分は、まだ動かすな」


「はあ」


与三郎が指したのは、板の端の方だった。動かす用も、今のところない。


その朝、引馬から来た者の紙が回ってきた。


引馬と書くのは、ずいぶん久しぶりだった。一昨年の暮れから、引馬へ出す分は一枚も来ていない。来ないものを数えるのは、とうにやめていた。


引馬から来た一行には、供を三人連れた者がいた。その本人は、悠人のところには来なかった。回ってきたのは、供三人の申し立てだけだった。名と、着いた日と、通ってきた道と、泊まる家を聞いて書いた。三人とも同じ道を通って、同じ日に着いていた。請人の欄も埋まった。悠人の知らない名だ。


主の名が書かれた紙は、悠人のところへは来なかった。


書き終えて、与三郎に渡す。与三郎が目を通して、その日の上げる分へ入れる。紐をかけて、取次の者が提げていった。


それで終わりだ。


何日かすると、供の三人が引馬へ戻る話が出た。悠人のところでは、三人の帰る控えを作った。名と、出る日と、行き先。出る日だけは、まだ決まっていなかった。そこだけ空けて、あとを埋めた。書いた紙は、日が入るまで上へは出さない。脇へ置いて、上から薄い板を載せておく。


さらに何日か後、屋敷の中の人の動きが変わった。


朝のうちに渡りを通る者が増えた。上の方で同じ顔が何度も行き来する。日が落ちてから門を出ていく使いもあった。


いつもなら昼前に回ってくる分が、その日は来ない。


与三郎は自分の分を写し続けている。悠人も、朝からの分を上から順に下ろしていく。行の数はいつもと同じだ。


昼を過ぎて、取次の者が束を受け取りに来た。紐を結びながら、与三郎の方へ言った。


「引馬の飯尾殿が、討たれたと聞き申した」


筆は動いていた。次の行の頭をそろえて、名を写す。


「まことか」


「詳しゅうは存じませぬ」


取次の者は、それ以上続けなかった。束を提げて、渡りの方へ出ていく。


「飯尾殿、とは」


与三郎は顔を上げずに答えた。


「引馬の城主、豊前守殿だ。駿府へ召されておったそうだ。先だって来た三人は、その供よ」


与三郎はそれきり、自分の紙へ戻る。悠人も、写しかけの行へ戻った。板の間は静かで、筆の音だけがする。


引馬を治める者の名を、悠人はそこで初めて知った。


一昨年の暮れに引馬の紙が来なくなってから、その先はずっと分からないままだ。分からないままのところへ、名前が一つ増えた。


名前が増えても、紙の上では何も変わらない。写す分は今日も同じだけある。


昼を過ぎて、奥からの届け物が来た。千代が細い紙を置いて、与三郎がそれを受け取る。数を検めて、控えへ書き足す。いつもの手順だ。


書き終えると、与三郎が細い紙をこちらへ寄こした。


「高瀬。これを返せ」


「はあ」


千代は渡りの手前で待っていた。受け取って、目を通してから折りたたむ。


「引馬の飯尾殿って人が、討たれたって」


「飯尾殿?」


「引馬の城主なんだって。豊前守殿って、与三郎殿が言ってた」


「そう」


それから、少しのあいだ黙っていた。千代は渡りの先へ目をやってから、口を開く。


「庵原家からも、また何か言ってくるかもしれない」


「向こうから?」


「うん。何か起きるたびに、何か知ってることはないかって聞かれる。去年の暮れから、前より増えてる」


千代は折った紙を袂へ入れて、そこで一度言葉を切った。


「飯尾殿には会ったことあるの?」


「いや。本人には会ってない。お供の三人に会って、記録を取っただけ」


そこまで言って、続けた。


「何日かして、その三人には引馬へ帰る話が出たんだけど、まだ出る日は決まってなかった。帰る方の控えも、まだこっちに残ってる」


「じゃあ、その三人、まだいるの?」


「たぶん。長屋にいるはず」


言ってから、少し考えた。


「その三人、どうするんだろう。帰る話が出てたのに、飯尾殿が討たれたんだよね」


千代がこちらを見た。何か言いかけて、一度、口を閉じる。


「……気にしても、しょうがないと思う」


「うん」


「っていうか、気にしちゃいけないんだと思う。私の立場だと」


それきり、千代は渡りの先へ目をやっていた。


そのとき、渡りの先で襖の開く音がした。


続いて、こちらへ近づいてくる足音がする。


千代がそちらを見た。


「あ、やばっ」


ほとんど息だけの声だった。


それから悠人の方へ顔を戻して、小さく、


「じゃ」


と言う。


そのまま身を翻して、奥へ歩いていった。


飯尾殿は、引馬の城主だった。一昨年の暮れから、こちらへ紙が来なくなっていた、あの引馬だ。召されて駿府へ来て、ここで討たれた。氏真のいるところで死んだ。


詳しい事情は何も分からない。それでも、かなり大きな出来事なのだろうとは分かった。


けれど、自分は飯尾殿という人を、今日まで知らなかった。教科書には載っているのだろうか。前に引馬のことを聞いたときは、何も載っていなかった。ただ、今度は名前がある。


千代に聞いてみることにした。


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