第59話 来なかった
板の間の隅に、火桶が戻ってきた。
朝のうちだけ、そこへ手をかざす。指が動くようになるまでの少しの間だ。それが済んだら、あとは日が落ちるまで筆を持っている。
写しはいつもの分だった。名と、日と、行き先。行の頭をそろえて、上から埋めていく。
ただ、束の中の地名が変わってきた。夏のころはまだ三河のものが多かったが、このごろは遠江のものが増えた。日によっては、そちらの方が多い。
理由までは聞いていない。与三郎も、聞かれて答えられる立場ではないだろう。
分かるのは、紙の数が増えたということだけだ。名を取る分も、写す分も、去年の同じころより多い。
遠江の紙は、三河のものとは書き方が違う。行の割り方も、日付の置き方も違う。こちらへ来る前に一度別のところを通っているのだろう。慣れるまでに少しかかった。
昼前の束に、同じ名が続けて出てきた。
井伊肥後守。
与三郎が戸口の外で誰かと話していたとき、何度か耳にした呼び方だった。そのときは音だけで、どこまでが名なのかも分からなかった。
紙で見て、初めて分かった。井伊が家の名で、そのあとに肥後守と続いている。こういう並びは、もう何度も見ている。そのくらいは、写しているうちに分かるようになった。
遠江の家らしい。どういう家かは知らない。悠人が知っているのは、井伊という名を、このごろ紙でよく見るようになったということだけだ。
遠江から人が来るときは、先に書付が届く。
誰と誰が、いつごろ、何の用で来るか。それを写して控えにしておく。あとで実際に着いた者を、その控えと突き合わせる。着いた日を書き入れて、名を取って、上へ渡す。
その控えには、三人の名があった。いずれも遠江から来る使いの者らしい。
書付が届いた次の日に、一人が着いた。その日の夕方に、もう一人。
三人目は二日目の午後だった。渡りの先の一間で、与三郎が聞いて、悠人が書く。名。着いた日。どの道を通ったか。どこに泊まるか。誰が請け合うか。
三日のうちに、三人分が埋まった。控えはその日のうちに上へ回した。
同じころ、上から一枚下りてきた。
与三郎が受け取って、板の上へ置く。悠人の手前までは回ってこない。
そこから見ただけでも、いつもの控えとは形が違った。行が少ない。道を書くところも、宿を書くところも、請人を書くところもない。
「これは、写さなくてよいのですか」
「よい」
与三郎はその紙を、自分の脇へ置いた。
「着いたら、上へ知らせる。そのための紙だ」
「はあ」
「井伊肥後守殿が、近く参られる」
「いつごろですか」
「三、四日ほど先だ」
「はあ」
紙で見ていた名だった。その名の人が、こちらへ来る。
その日が来て、過ぎた。
「肥後守殿はまだか」
与三郎が自分の束から目を上げずに言った。
「まだです」
「そうか」
次の日も来ない。その次も来なかった。
「遅れることも、ありますか」
「ある」
与三郎が筆を止めた。
「道が悪ければ遅れる。川が出れば遅れる」
それから、少し置いて続けた。
「ただ、日が過ぎておる」
「はあ」
「途中で何かあったのだろう」
それ以上は言わなかった。
悠人も聞かなかった。いま分かるのは、そこまでだった。
そのあいだも、遠江の紙は来た。名を取る仕事も、写す仕事も止まらない。
先に着いた三人は、それぞれ用を済ませて出ていった。一人は二日、二人は三日いた。どこに泊まっていたかは控えにある。それも書いて、上へ渡した。
新しい書付も来る。名を写して、控えを作って、着いた者から埋めていく。埋まったものから、順に上へ出ていく。
与三郎の脇の一枚だけが、そこにあり続けた。
一度、与三郎がその紙を手に取った。少し見て、また同じところへ戻す。
報が来たのは、それからさらに何日かしてからだった。
その日、与三郎は朝から二度、上へ呼ばれている。二度目は長かった。板の間には悠人だけが残って、朝の分を写し終え、昼の分に入っている。
昼を過ぎたころ、与三郎が戻ってきて、いつもの場所へ座る。束の紐を解いてから、こちらを見ずに言った。
「井伊肥後守殿は、懸川の方で討たれたそうだ」
手が止まった。
「……討たれた」
紙をめくる音がする。
「こちらへ申し開きに来るところだったらしい」
「申し開き」
「岡崎と通じておると疑われた、と聞いた」
「それで、駿府へ?」
「そうだ。だが、こちらへは着かなかった」
「誰に討たれましたか」
「懸川の朝比奈備中守殿の手勢だそうだ」
与三郎はそこで一度、手を止めた。
「そこから先は知らぬ」
聞いても、書けることは増えない。
与三郎は自分の分へ戻った。しばらくして、一度だけ言った。
「近ごろは、こういうことが続く」
言い方は、束の数を数えるときと変わらない。
外の板敷きを、誰かが通っていく。板の間の前では止まらなかった。
夕方、与三郎が脇の紙を取った。
「これは、どうなりますか」
「上へ戻す」
「はあ」
二つに折って、その日上げる分の下へ入れる。何も書き足していない。書き足すところが、もともとない紙だった。
懸川は、遠江から駿府へ来る道の途中にある。前に紙で見ている。
井伊肥後守は、駿府へ来るはずだった。上から下りてきた紙にも、来る見込みの日が書いてあった。
けれど、懸川から先へは来なかった。
着いたら、上へ知らせる。それだけの紙だ。
知らせることは、なかった。
その日の分を写し終えて、束を与三郎の脇へ置いた。
朝の分は途中で止まっていた。上の行から追い直して、続きを下ろす。行の数は、いつもと変わらない。
外はもう暗い。戸を閉めると、火桶の赤いところだけが見える。
次の日も、遠江の紙は来た。その次も来た。地名も、名も、増えたままだ。
また書付が来た。何人か、こちらへ来るらしい。名を写して、控えを作って、着いた者から埋めていく。やることは同じだった。
朝の火桶に、また炭が足されている。手をかざす回数は、先の月より増えた。
悠人は次の紙を引き寄せる。




