12.おかえり、カイラ
カイラちゃんがトイレの扉を閉めてから、10分ほど経った。
◇
その間、オカマバー「アコーリス」の店内は静まり返っていた。
カイラちゃんはわざと扉の鍵をかけなかった。
僅かに開いた扉からは、中の様子が窺える。中には誰もいない。
と言うことは、あいつを連れての転移に成功したのね。あとは、カイラちゃんがここから帰ってくれば作戦終了よ。
◇
その時、店の入口のドアが開いて誰かが入って来た。
「ただいま。」
その誰かは、入ってくるなり小さな声でそう言ったの。
よく見たら、その「誰か」はカイラちゃんだった。
「おかえり。お疲れ様でした。とりあえず座って座って!」
「うん……。」
良かった、上手くやったのね。これであいつは新宿からいなくなった!
でも、なんか様子がおかしい。どうしたのかしら。
ていうか、なんでトイレから出て来るんじゃなくて、店の入口から入って来たの?
あと、トイレに入った時となぜか服装が違う。どういうこと?
「………あいつになんかされたの?」
「あっ……いやそうじゃないの。あいつは空からアドリア海に落としてやったから、海面でバラバラになって、とうの昔に魚の餌になったはずよ。簡単だったわ。」
「そう……(怖)。」
「ただね………ちょっと疲れたの。」
「そっかお疲れ様。何か作るわよ、何がいい?」
「甘いのがいいな……。」
とりあえず、カルーアミルクを作ってあげよう。
カイラの大好きなきんつばも付けてあげる。
◇
その時、店の入口のドアが開いて、また誰かが入って来た。
見覚えのあるキャップを目深に被って、ラフな格好で入って来たその客は、ダンタリオンちゃんだった。そう、例の新宿署が貸してくれた防弾インナーが入ったキャップね。
「今晩は。」
「ダンタリオンちゃん、退院したんだ。」
「うん、今日ようやくね。あ、カイラも来てたんだ。」
ダンタリオンちゃん、カイラに向かってにっこり笑いながら小さく手を振ったんだけど、直後に真顔に戻っちゃった。彼女も様子がおかしいのに気付いたみたい。
「カイラ?」
ダンタリオンちゃんを見つめるカイラ。その大きく見開いたカイラの目から、見たこともないような大粒の涙が零れ始めた。
「姫様……。」
カイラちゃんは、ダンタリオンちゃんのことを昔の呼び方でそう呼んだ。そして、ダンタリオンちゃんに駆け寄ると、抱きついて号泣しはじめた。
「姫様ーーー!」
ダンタリオンちゃん、驚いたけど、すぐに優しい顔に戻って、カイラちゃんを抱きしめた。
「……また姫様呼びに戻ってるわよ。」
「今日だけ姫様って呼ばせてーーーー!」
「どうしたのよ?」
「ずっと歩いてきたの、ずっと。ずっとよ! 寂しかったーーーー!!」
ダンタリオンちゃん、何かに気づいたみたい。
「そうか………そうだったのね。私達のこと忘れなかったんだ。」
そして、ひとことこう言ったの。
「おかえり、カイラ。」
…………………………………………
「ごめんなさい、びっくりしたわよね。」
きんつばを食べてようやく落ち着いたカイラちゃん、事の次第を皆に説明しはじめた。
「実はね、あれから900年経ってるの。」
……いや待って10分でしょ?




