第2話 15.18 アラサー元世界王者による8.70点捜索事件
RESULT PROTOCOL-FREE SKATING
Name:Brian Lyles(CAN)
1 4Lz+3T 15.70 +3.00 18.70
2 FCSSp3 2.60 +0.50 3.10
3 4F 11.00 +2.50 13.50
4 4S 9.70 +2.00 11.70
5 ChSq1 3.00 +1.00 4.00
6 3Lo 4.80 +1.00 5.80
7 4Lz 12.65 -5.00 7.65 F
8 CCoSp4 3.50 +1.00 4.50
9 3A<< 3.63 -1.00 2.63
10 StSq3 3.30 +1.00 4.30
11 4A+3A 15.18 -4.10 11.08
12 CSSp4 3.00 +1.00
TES 90.96
PCS 95.04
Deductions -1.00
TOTAL FS 185.00
TOTAL(SP:110.00) 295.00
Rank:2nd
Winner:Cole Hendricks/USA
『4回転アクセル二本跳んで銀はおかしい』
『AI判定間違ってるよ! やっぱり機械が審判なんておかしい!』
『ブライアンめちゃTrace-Σ救済世代だから』
『他の選手は良い点出てる』
『いや、それ以前に4A3Aの基礎点15.18はおかしくね?』
尾堂はSNSの画面を閉じ、大きく溜め息をついた。
スマホをポケットにしまうと杖を握ってロビーの椅子から立ち上がった。
そんな彼に向かってスーツ姿の壮年の男が駆け寄って来た。
「尾堂君」
「どうでしたか?」
上司である男は疲れ切った顔で大きく肩で息をした。
「とりあえず、Trace-Σのシステム自体には大きな不具合は出ていない、ということだ。
他の参加選手達からの申し出やクレームもない。
カナダ側からの抗議も基礎点の齟齬に関することのみでその他の判定には納得していることがわかった」
「そうですか……。
彼は、ブライアン本人は何か言っていましたか?」
尾堂はほっとしつつもそう訊いた。
上司は首を横に振った。
「いや、何も。
むしろ彼は元の点数のままでいい、と言っていた。
コーチほかチームとカナダの連盟サイドがブライアンを説得したらしい」
「なるほど。
……とにかく早く原因を突きとめないといけないですね。
メダルセレモニーは……明日の夜か。それまでには。必ず」
上司は厳しい面持ちで頷いた。
「もちろんだ。
もしも仮に、順位が変動するようなことがあれば一位のヘンドリクスにも影響してくる」
尾堂は固く眼を閉じ、杖を握る手に力を込めた。
「……そうですね。
今デリクがTrace-Σの内部ログを確認しています。
彼の返答を待つ間にこちらも探ってみます」
「ああ、頼んだよ。
……全く、オリンピック本番でこんな騒ぎになるとはな。
ここまでなんとか上手くやってきたのに」
ぼやきながら再び関係各所との話し合いに去って行く上司を見送り、尾堂は再びロビーの椅子に座り込んだ。
「さてと……どこから手をつけるか」
椅子の座面にノートパソコンとタブレットを広げたところで呼びかけられた。
「尾堂君!」
声のしたほうを向くと、スーツの女が早足で進んで来るところだった。
男子シングルの実況解説をしていた――過去のオリンピック女子シングルの金メダリスト、高瀬遥だ。
彼女は先輩ではあるが、競技現役の時代が被っていたのでそれなりの交流がある。
「高瀬さん」
「さがしたんだから。ブライアンから抗議があったんだって?」
「いや、彼が抗議したわけじゃない。チームとあちらの連盟の判断です」
尾堂が即座に否定すると高瀬は少し安心したような顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
「じゃ、順位変動の可能性があるのね?」
「いや。そうとは限りません。何にしても何故点数の齟齬が起こったのか突きとめないと」
高瀬は予想外のことを聞いた、というように瞬きをした。
「点数の齟齬? アクセル認定の抗議じゃないの?」
尾堂は高瀬に身体をしっかりと向き直った。
「プロトコルはもう見ましたか?」
「見たけど……。ちらっとね。
最後の4回転アクセル二本が認定されなかったのはわたしも予想外だった。
ぎりぎり回りきって降りているように見えたんだけど」
「見てください」
ノートパソコンを引き寄せ、自分の膝に載せて尾堂は画面を高瀬に見せた。
RESULT PROTOCOL-FREE SKATING
Name:Brian Lyles(CAN)
1 4Lz+3T 15.70 +3.00 18.70
2 FCSSp3 2.60 +0.50 3.10
3 4F 11.00 +2.50 13.50
4 4S 9.70 +2.00 11.70
5 ChSq1 3.00 +1.00 4.00
6 3Lo 4.80 +1.00 5.80
7 4Lz 12.65 -5.00 7.65 F
8 CCoSp4 3.50 +1.00 4.50
9 3A<< 3.63 -1.00 2.63
10 StSq3 3.30 +1.00 4.30
11 4A+3A 15.18 -4.10 11.08
12 CSSp4 3.00 +1.00
TES 90.96
PCS 95.04
Deductions -1.00
TOTAL FS 185.00
TOTAL(SP:110.00) 295.00
画面をじっと見つめていた高瀬は怪訝な表情で言った。
「……ちょっと、どうして最後の4回転アクセルとトリプルアクセルのコンビネーションジャンプの基礎点が15.18しかないの?
4回転アクセル二本の認定については一旦置いておくとしても、明らかにおかしいじゃない」
尾堂は頷いた。
「そうなんです。
だからあちらの、カナダとブライアンのチームの抗議もこの点数の修正と原因究明を求めてのことです」
「……4回転アクセル二本の認定についてじゃないの?
それについて彼らは納得しているの?」
「そういうことですね。
本人に至っては点数の修正も望んでいなかったそうです。
――でもだからこそ、迅速に正確な返答をしなければならない」
尾堂が強く言うと高瀬も納得したように頷き、彼の隣の椅子に座った。
そして再びパソコンの画面をじっと睨み付けた。
「そう……。それで、どういうことかはわかりそうなの?」
「Trace-Σ内部の動きについてはデリク……開発チームの技術者がログを洗っています。
おれは今から別方面から検証しようとしていたところです」
「デリク?
あの……AI開発の天才だっていうアメリカの技術者?
まだチームにいたのね」
「ああ、うちの会社に正式に移籍になりました。
日本の食事が気に入ったから移住したいって言い出して。
……いやそれはともかく、彼はあり得ないほど有能ですが、フィギュアスケートのルールについては付け焼き刃です。
だからおれの目で見て何かわからないかも確認しないと」
「……フィギュアのルールって無駄に複雑だものね。
じゃあ、わたしも手伝う。いいでしょ?」
尾堂は眉をしかめた。
高瀬は元競技者であり、解説の仕事の経験からからルールには一般のフィギュア関係者以上に詳しい。
当然尾堂自身もルールを知り尽くしているが、とにかく早く点数齟齬の原因を突きとめるために単純に考える頭数を増やしたほうが効率がいい。
「それは正直、助かりますが。いいんですか? 忙しいのでは?」
「忙しいに決まってるでしょ。
昨日からろくに寝てもいられなかったし。
まああなたもそうなんだろうけど。
でも、わたしたち以上に、当事者の1位2位の二人は試合が終わったのに落ち着く間もないはずよ。
彼らの助けになりたいだけ。
……それに四年前の正規導入から、Trace-Σの判定に助けられたって子達の話はたくさん聞いてきたしね。
それで? まず何をするの?」
「……ありがとうございます。
そうですね、まずは……点数計算からやってみるか」
尾堂は高瀬に礼を言うと、ノートパソコンの画面に表示された採点のプロトコルを見て顎に手を添えた。
問題の要素の部分と採点部分を拡大する。
11 4A+3A 15.18 -4.10 11.08
「まずは逆算。
問題なのは基礎点の15.18。
これは後半ジャンプのの1.1倍のボーナスがつく点数。
だからここから1.1を割る」
ポケットから取り出したスマホで電卓を表示すると、数字を打ち込んで計算する。
15.18÷1.1=13.80
「13.80が本来のジャンプ二本分の基礎点。
4回転アクセルとトリプルアクセル、それぞれの点数を出す」
4回転アクセル 12.50
3回転アクセル 8.00
合計 22.50
誤差 22.50-13.80=8.70
尾堂は電卓の計算結果を見ながら眉間を揉んだ。
「8.70点どこに消えた……?
何の点数だ? これ」
考える尾堂に高瀬がはっとしたように言った。
「ねえ、ファーストジャンプの4回転アクセルは刺さってないのよね。
じゃあ、そこは固定してもいいんじゃない?」
尾堂はああ、と頷いた。
「そうですね。
じゃあ、それで仮定して計算すると……。
13.80から4回転アクセルの点、12.50を引くと、残りは1.30。1.30?」
二人ははっと顔を見合わせた。
「ダブルトウループの点数……!
いや、何でだ?」
尾堂は天井を仰いだ。
彼の手から電卓の表示されたスマホを奪い取って高瀬は数字を睨み付けた。
「何でセカンドジャンプのトリプルアクセルにダブルトウループの点数がつくの?
全然違う種類のジャンプじゃない」
「そうですよね。
それに、トリプルアクセルは3回転ジャンプの中では一番高得点で、ダブルトウループは2回転の中では最も低い点数です。
そこまで差異があると、単にAIがジャンプを取り違えた、というのは考えづらい。
そもそもプロトコルの表記も違いますしね」
深く考え込む尾堂に、高瀬は辺りを見回してから、声を潜めて言う。
「そんなややこしい間違い、国際大会で起こされたらとんでもないじゃない。
よりにもよってオリンピックで。
……ねえ、Trace-Σのバグなんじゃないの?
もちろん、そのシステムが実績も信用も積み上げてきたのは分かってる。
でも道具である以上、壊れることはあるでしょう?」
彼女の手からスマホをそっと取り戻し、尾堂は通知がきていないか確認した。
新規通知無し。
不信感の滲む彼女の眼をじっと見つめる。
尾堂は落ち着いて言った。
「技術者がざっと見た限りですが、不具合の報告は受けていません。
もちろん、その可能性も考えての内部ログの徹底的な確認です。
それをしているデリクからは今のところ連絡がありません。
だからまずは、単なるバグである、という結論に丸めずに考えようと思っています。
かなり堅牢な採点システムであるという自信があります。
とりあえず、現状は信じてくれませんか」
「……わかった。ちゃんと考えるから。ごめん、
セカンドがほとんど最低点数になるなんてってパニックになってたのかも」
高瀬が頭を下げ、尾堂はそれに慌てて首を横に振った。
「気にしていません。手伝ってもらって……」
そこまで言いかけて、尾堂は止まった。
何か思い出しかけている。
「いや待てよ、確かに、ダブルトウループはシニア男子のジャンプで最低点数に近い……。
何かあったような……」
「高瀬さん!」
広いロビーに男の声が響いた。




