↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/17

第14話 セカンドキャリア 天才AI技術者と配慮つき正規雇用契約

「これは? 

 なんでこのジャンプでGOE加点が伸びない?

 ちゃんと成立してるだろ?」

「もう踏み切りで諦めてる。

 安全に転ぶつもりだったんだろ。

 惰性で行ってたまたま降りられただけだ。

 成功してむしろ驚いた顔してるな」

「は?」


「おい、今の入りでなんで成功したんだ?

 完全に駄目ルートだっただろうが」

「跳び上がった時に生き返ったんだよ」

「今まで死んでたのかこいつ」


「なんか知らんけど……。

 こいつキレてる。

 だからその勢いでまあまあ良い感じになった」

「試合中にキレてんじゃねえよ」


「こいつ途中でやる気なくしてる」

「そんなことないだろ」


「ステップシークエンスの……上半身と下半身が喧嘩してるな?」

「意味がわからん」


(何なんだ? これ)

 尾堂は隣に座ったデリクの質問に答えながら内心で首を傾げた。

 彼の前には大小多数のモニターがいくつも置かれ、それぞれの画面で過去のフィギュアスケートの試合や練習映像が延々と流されている。

 デリクにその映像をランダムに指で示され、何故、画面のスケーターは今の動作をしたのか、という質問をされてそれに答える、という謎の要求に恐らく一時間以上は付き合わされている。

 尾堂が現在いるのは薄暗い窓もない広い部屋だ。

 空調はしっかりと効いているが、天井近くにまで敷き詰められたモニター類と、何に使うのかもわからない機材のモーター音と熱でどこか圧迫感がある。

 尾堂がこんな謎の作業をしているのは少し時間を遡る。


「じゃ、仕事始めるぞ。ついて来い」

 自分が尾堂を呼んだのだと圧をかけてきた男はそう告げるとあっさり背を向けて会議室の出口に向かって歩き始めた。

 彼の部下の、開発チームだと紹介された数人がそれを見て落ち着いた様子であとを追う。

 尾堂は突然の展開に席に座ったまま視線だけを彼らに向けた。

「……いまから? 呼ばれたから話聞きにきただけなんだけど」

「尾堂さん、行きましょう」

司会で、人事担当だという佐々木が慌てて尾堂に駆け寄ってきた。

 立ち上がるように促され、尾堂は渋々、杖を手にゆっくりと腰を上げた。

「開発チームの部屋は下の階になります。

 エレベーターで降りてそこから少し歩きますが大丈夫ですか?」

「それは大丈夫ですが。

 今から何か仕事をするんですか?

 本当に?

 突然そんなことを言われても」

「正直こちらとしても予定外なのですが、彼……ウォーレン氏にも何か考えがあるのでしょう。

 悪いようにはしませんから、どうかご協力お願いします」

「わかりましたよ……」

 彼は納得がいかない顔のまま、尾堂の荷物を代わりに持って先導する佐々木を出来るだけ早足で追いかけた。


 散々映像を見ながら解説をさせられ、解放された時には仕事だというそれを開始してから軽く3時間は経過していた。

「よし、こんなもんでいいだろ。

 今日は終了だ。

 おい、こいつの発言と映像の動作解析の照合データできてるか?」

「はい。

 確認お願いします」

 尾堂の隣に座っていたデリクが勢いよく立ち上がり、あっという間に作業していた開発チームの元に歩き去って行った。

 突然終了を告げられ、モニターの前に放置された尾堂は酷使した眼を手で押さえてだらりと身体の力を抜いた。

 疲れた。

 彼も怪我をする前は毎日休みなく過酷な運動をすることが当然の人生を歩んできたが、それとは全く別の種類の疲労だ。

(ひどい目にあった)

 尾堂はやたらとふかふかのオフィスチェアの背もたれに体重を預けて軽く左右に動かしながらちらりと背後に視線を投げた。

 デリクとその部下の技術者たちが彼の存在を忘れ去ったように何事かを真剣に言葉を交わしながらキーボードを叩き、モニターの謎の数値と映像を睨みつけている。

(よくわからん世界だな)

 まあ、一応、彼らは彼らなりに競技に対して真剣に向き合っているらしい。

 とりあえず、これで今回の仕事は終了したらしい。

 謎の仕事ではあったが、報酬はきっちりもぎ取ってとっとと帰ろう。

 次回の話があるかは不明だが、それはいくら貰えたかで決めさせて欲しい。

 向いてない、こんな仕事は。

 尾堂が技術者たちを見ながら声をかけるタイミングを測っていると、デリクが彼のほうを向いた。

「尾堂。お前、採用。

 明日から来い。

 詳しい勤務条件と契約については佐々木から聞け。

 で、そこにいると邪魔だから早く出てけ」

 佐々木とは先程までこの企業のフィギュアスケート採点AIプロジェクト説明の司会者であった人事の男だ。

「は?」

「立て。早く行け」

 大きな声で聞き返した尾堂に、デリクはしっしっ、と犬でも追い払うように片手を払った。

 尾堂が本気で意味がわからずに固まっていると、デリクに何事かを指示された技術者の一人が近づいてきて尾堂に丁寧に退去を促した。

「何なんだよ」

「すみません尾堂さん。

 デリクさん、言い出すと聞かないので」

 申し訳なさそうな顔でぺこぺこと頭を下げる彼にほだされ、尾堂は立ち上がった。


 技術者の男に見送られて広い部屋から出た。

 明るい照明の光に眼をしばたたかせつつ指示されたとおりにその場で立って待機していると、長い廊下の先から小走りで佐々木が姿を現した。

「尾堂さん! 

 お待たせしました!

 さあ、行きましょう」

「何なんですか? これ」

「それもご説明します」

 また彼に案内され、尾堂は再度社内を移動してすぐ近くの部屋に入った。

 広さはそれほどないが、先程の技術室とは違って大きな窓もあり、最低限のデスクがいくつかと棚だけが置かれている過ごしやすい空間だった。

 佐々木に言われるままに適当な席に座ったところで目の前に書類が数枚置かれた。

 尾堂はそれを見て一瞬動きを止めた。

 上の2枚に書かれた文字を読み上げる。

「……就業規則、と雇用契約書?」

「尾堂さんには是非弊社で正社員として働いてもらいたいと思っています。

 もちろん、無期雇用になりますのでご安心ください。

 基本はデスクワークですが出張が多くなるかと思いますので……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 すらすらと説明しだした佐々木を尾堂は遮った。 目の前の書類を一枚一枚めくって確認する。

 就業規則。

 雇用契約書。

 福利厚生一覧。

 社員証申請。

 健康保険。

 通勤届。

 配慮事項確認シート。

 産業医面談案内。

「……配慮事項?」

 言葉をなくして書類の文字を追っていた尾堂はやっとそれだけを零した。

 佐々木は心得たように頷いて説明を始めた。

「尾堂さんは怪我で足に障害を抱えてらっしゃいますので、状況に合わせた配慮が必要かと。

 具体的には社外での勤務の場合には送迎をつけたり、定期通院のための休暇申請などになると思います。

 とりあえず、現時点で思いつくものを記入してください。

 あとは各書類をご覧になって問題がなければ署名をしていただければ」

 尾堂は複雑な想いで佐々木と書類を交互に見た。「……期間雇用というか、割の良いバイトみたいなつもりで来たんですけど

 元選手からしばらく競技のヒアリングをしたいとか、そんな感じなのかなと」

「そう思われても仕方がないかと思います。

 こちらとしてもあなたをお呼びした意図を具体的にはお話していませんでしたから」

「何故言わなかったんですか」

 鋭く問いかけると、佐々木は困ったような顔をした。

「……あなたを今回のプロジェクトに参加させたいから雇って囲い込めと、そう希望したのは開発リーダーであるウォーレン氏です。

 ですが、弊社は仮にも世界中に支社を持つ大企業です。

 特別な配慮が必要になる人物を、社員としての能力も加味せずに正規採用するわけにはいかない。

 会社としても長く安定して働いてもらえるだけの根拠が必要でした」

「それはそうでしょうね」

 尾堂は妙に納得してそう言った。

 彼自身がここ数日、就職サイトをあちこち見て回り、一般企業で働くに当たって必要とされる能力と経歴の必要性を強く実感したばかりだ。

 そしてそれが現在の自分には年齢的にも、実務経験からも圧倒的に不足しているということにも。

「はい。

 ですので大変失礼なのですが、通常の一般社員以上に尾堂さんが役に立つ特別な人材であるか、ということを後日面接するつもりでいたのです。

 ……突然ウォーレン氏があなたに仕事を振ったので予定が狂いましたが」

「で、合格をいただけたと」

 微妙に嫌味を交えて尾堂が微かに笑う。

 気分が悪かった。

 確かに彼はこれからの人生の身の振り方に悩んではいたが、知らない間に自分の価値を勝手に値踏みされていたということが。

 怒りなのか無力感なのかわからない感情で、尾堂はただ黙り込んだ。

 だが無視できない現実がある。

 尾堂はもう30歳近くであり、職歴、というか人生のほとんどがフィギュアスケート一色でありながら身体の都合でもう現場には出れない。

 生活や就労に困難があり、通常の求人には乗りづらい。

 傷ついたプライドと冷静な現状把握とを天秤にかける尾堂の前に、佐々木が屈み込んで視線を合わせた。

「正直こう言っては何ですが、尾堂さんの現在の条件に合う仕事は他にはないだろうと思います。

 ……本当に今さらですが、弊社は以前尾堂さんのスポンサーもしていましたし、あなたのことを心配していた者も多いのですよ。

 直接お会いしたことはありませんでしたが、わたしもその一人です。

 どうか、うちで一緒に働いてもらえませんか」

 真剣な眼差しだったが、本音かどうかはわからない。

 だが、これ以上ない就職先なのは事実だった。

 デリク・ウォーレンという開発リーダーの男は気に食わないが。

 尾堂は椅子の上で姿勢を正して佐々木頭を下げた。

「……確かに断る理由はないですね。

 これから、どうぞよろしくお願いします」

 そして尾堂はKinesis Systems International、通称KSIに入社したのだ。

 何だかんだと、アラサー職歴なしから大企業に就職成功である。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。