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第12話 法外要求 元トップアスリートの圧とプロジェクトメンバー正式獲得

 技術室の空気が凍り付いた。

「おい、他社のシステムだぞ」

 映像を見ている間は無言だった常務が低い声で言った。

 尾堂は黙ったままTrace-Σを腐した技術者を見返した。

「あ……すみません。でも本当のことじゃ」

「そういう問題じゃないだろ、システム提供元の幹部相手にお前」

対企業としてまずいと察知したらしい常務が声を荒げた。

 横井は呆然としたままの部下の技術者を背後にかばい、尾堂に向かって深く頭を下げた。

「こいつにはあとでよく言い聞かせておきますので……。

 尾堂さん、部下の行き過ぎた発言、申し訳ありませんでした」

「いいえ」

 真顔の尾堂はじっと横井を見つめて否定した。

「彼の言葉が問題のある発言とは思いませんので、ご心配なく。

 それより」

 尾堂はオフィスチェアからゆっくりと立ち上がり、杖をついて真っ直ぐ前に進む。

 彼が強い視線を向ける先には、機材の前で深く頭を下げた体勢から顔を上げかけた横井と、斜め後ろで立ち尽くす技術者がいる。

「尾堂さん……」

 部屋の後方で座って待機していた勝永が控えめに呼びかけた。

 尾堂はそれには反応しなかった。

 強張った顔をした横井の脇をすり抜け、失言とも取れる発言をした技術者に正面から向かい合う。

「……なんすか」

「Trace-Σは、現場においては使えないシステムだと、つまりそういうことですね?」

「何もこいつもそこまでは……」

 横井が取りなそうとするように口を挟んできた。 尾堂は一瞬彼を見た後首を振って技術者に視線を戻した。

 その彼は射貫かれたまま、眼を逸らすこともできなくなったようにただ尾堂を見返している。 

 尾堂は微笑った。

「事実です。

 先程見せていただいた映像でそれがはっきりした。

 そうですよね?

 高度な映像技術を知り尽くしたあなたがたからすると、Trace-Σには明らかな欠陥がある」

「……それは」

 技術者が怯んで身を引いた。

 尾堂がさらに踏み込む。

「ですので、もっと見せてもらえませんか」

「見せるって」

 横井が部下から尾堂を引き離そうと、距離の詰まった二人の間に割って入った。

 尾堂は立ち止まって横井の顔を見て言い放った。

「スローの映像からわかることだけではなく、具体的な解析ロジックを。

 回転推定ではどの数値を信用しているのか。

 どういう基準で成立と見ているか、また不成立と判定するのか。

 Trace-Σとはどこが違うのか。

 IceViewの裏のロジックを全て、提供してもらえませんか」 

「…………え?」 

「全部見せてください。

 比較して、システム修正の参考にしたいので」

 横井の背と壁一面のモニターに挟まれる形になった技術者が唖然として素に戻った声で言った。

「は? いや、無理です」

 尾堂はそれを聞いて頷いた。

「そうですか」

 断られてしまった。

 だが、テレビ局に来た第一の目的だったブライアンのセカンド4Aの成立確認はできた。

 とりあえず、今回はそれでよしとしよう。

 そう決めて、今後どう動いていくのかを考え始めた尾堂だったが、彼の周囲はそれでは終わらなかった。

「……なんですか、それ」

 今まで下手に出ていた横井だったが、さすがに腹に据えかねたのか低い声で尾堂に詰め寄った。

「尾堂さん、本気で言ってるんですか?

 それ、うちで?

 おたくで、AI側でやらかしたからって、なんでこっちが全部開けなきゃいけないんですか?」

 完全に正論だった。

 尾堂はその怒りを黙って受け止める。

 編集前の映像を限定的に見せるのと、テレビ局の技術をよそに開示するのは全くの別問題だ。

 先程技術者に声を荒げた常務と、状況を見守っていたスポーツ統括もこれには当惑を隠せないのか顔を見合わせた。

「いや、さすがに……」

「それはちょっとな……」

 完全に凍り付いた空気、風当たりの強い不利なな状況に陥った尾堂だったが、彼は平然と部屋の中の人々に向けて言った。

「無理をお願いしたのは分かっています」

 込み上げる想いを抑えきれないように肩で息をして睨み付けてくる横井を尾堂は真っ直ぐ見つめる。

「でも、今回のミス、不具合は本当にたまたま何とかなったんです、

 ブライアンだったからです」

「だから、何だって言うんですか……」

 横井の声が震えていた。

「ブライアンは今回のオリンピック出場、フリー最終グループのスケーターだった。

 本人がセカンド4Aを多分成功したと言った。

 IceView側の採点映像も残ったし、プロトコル表示もおかしくなった。

 人類初の4A二本だった。

 何より、世界中が見ていた。

 だから、今回はみんなが動いた」

 尾堂は真剣な顔をして部屋の中を見回した。

「でも、これがB級大会だったらどうなりますか。

 さほど有力ではない選手だったら。

 その選手が本人としては何か、ありえないようなすごいことをして、うちのシステムが誤認して。

 ……一生に一度の演技を、誤認された選手が何も言えないまま、評価されないまま終わってしまったら、それは」

 尾堂は強く眉を顰めた。

「……Trace-Σ、公式採点システム提供企業としても大打撃ですが、それ以上に選手にとって、競技にとっての喪失です。

 わたし自身としてもそれは絶対に受け入れたくない。

 幸い、今回は世界選手権までの改修という明確なゴールがある。

 資金も出る。

 人も動いている。

 だから、今しかないかもしれない」

 尾堂は横井に、技術者たちに向けて頭を下げた。

「考えてもらえませんか。

 どうか、お願いします」

 横井と、その場の技術者たち四人はお互いに視線を交わした。

 代表して横井が尾堂に言う。

 その顔に怒りはない。

 ただ心のうちにある想いをどこかに感じるような静かな声だった。

「……競技のことは問題だと思います。

 でも、そんなすぐ答えは出せませんよ。

 うちの会社の技術のことですから」

 尾堂は頷いた。

「そうですよね」



会話が一段落したのを見逃さず、常務がオフィスチェアから立ち上がった。

 陽気な様子で尾堂に歩み寄ってくる。

 その後ろを慌ててスポーツ統括が着いてきた。

 常務は妙に明るい顔をして尾堂の肩を軽く叩いた。

「じゃ、尾堂さん。

 今日はこの辺で。ね?

 こちらでも整理して、検討しますから。

 また正式に」

(これは実質、脈なしだな)

 尾堂は常務に丁寧に今回の頼みごとを聞いてくれた礼を言った。

 遅れて声をかけてきたスポーツ統括も同様に。

 ひたすら存在を忘れられているプロデューサーはとりあえずこの場ではそっとしておくことにしておいた。

 彼にも後で礼を言わなければならない。

 ついでに勝永はよくわからない、という顔でいたがそれも放置だ。  

 技術室を常務に追い立てられるように退出する直前、尾堂は勝永を呼んだ。

「勝永、それ、ちょっと持って着いてこい」

「え? これですか?」

 勝永に持たせていた5個入りの高級ホテル謹製卵サンドの紙袋を取り出しやすいように開封させた尾堂は、それを一つ一つ手に取り直接室内の技術者たちに手渡した。

「これ」

 まずは色々とあった技術者の彼に差し出す。

「え?」

 続けて横井にも渡した。

「食べてください」

 他の技術者にも手渡していく。

「どうぞ」

 ちょうど人数分あって良かった。

 全て配り終えると、尾堂は最後に今日の礼を言って彼らの職場を後にした。



「尾堂さん!」

 尾堂がテレビ局から帰ろうとしたところで、知り合いの声がした。

 アナウンサーの真田だ。

 オリンピック男子フリースケーティングの実況をしていて、Trace-Σのプロトコル表記齟齬の解明の時にも付き合ってもらった人物だ。

「真田さん、少しぶりですね」

 のんびりと挨拶した尾堂に対し、彼は慌てた顔をしていた。

 ちなみに、その二人の横で勝永は空になった紙袋と片手に興味津々といった様子で見ている。

 ADとアナウンサー、同じテレビ局という職場でも知人同士というわけではないらしい。

「なんでうちに来てるんですか⁈

 誰も教えてくれなかったんですけど」

「逆に、どうしておれが来てるとわかったんですか?」

 素朴な疑問を持った尾堂が訊くと、真田は走って来たせいで上がった息を整えながら答えた。

「社内チャットが盛り上がってるのをたまたま見たんですよ」

「社内のチャットで盛り上がることあります?」

「いや、女子アナと総務秘書課の……意識高すぎる女たちの非公式なやつです。

 基本、男連中は知らないやつです。

 自分は一応、アナウンス室なんでついうっかり見ることもあります。

 ……連中、あらゆる情報を交換しあってます。

 美容関連に世間には流通してないお買い得情報、若手女子アナ狙い要注意男速報から好物件独身男ネタトレードまで、何でも」

 テレビ局の女たち怖い。

 一気に引いた尾堂に真田は追い打ちをかけた。

「ちなみに高瀬さんのアカウント入ってますよ、確か」

「やめてほしい」

 高瀬は尾堂の先輩の女子シングルスケーターの女性だ。

 オリンピックでは男子シングルフリーの解説を務めていた。

「で、今回は受付の子がスケート好きで、尾堂稜が来たって書き込んで喜んでるのを女子アナのデスク来た時にたまたま見たんです」

「来客情報筒抜けじゃないですか。

 別に普通の対応だったけどな。

 ……ところで真田さん。お願いがあるんですけど」 

「何ですか? 何か怖いな」

 尾堂は先程のIceViewの技術者たちを思った。

 尾堂の要求への怒りと、競技に対するの情熱。

「横井さんて知ってますよね。

 IceViewについて、今回かなり無理なお願いして断られたんですけど、今後のパイプになってもらえませんか?」

「横井さんは知ってます。

 ……何を頼んだんですか?」

 真田は何故か猜疑心に満ちた眼を向けてきた。

 どういうことだ。

 尾堂は正直に言った。

「IceViewの裏側のロジック全部提供して、て頼みました」

「ええええ……。

 かなりやばいことしましたね」

 引かれた。

 当然か。

 それはともかく、頼むべきことはある。

「まあ当然、跳ね除けられたんですが

 でも、もし状況が変わったりした時のための最低限の直通ラインを作っておきたいんです。

 可能ですか?」

「それは……横井さんとは顔を合わせることも多少にありますので無理ではないですけど。

 いや、でもどうかなあ……」

「念の為です。

 何か動きがあったら教えてください。

 こちらでも進捗があれば連絡しますので」

 尾堂が真剣に頼み込むと、真田も難しい顔をしつつも了承した。

「……わかりました。

 役に立つとはお約束できませんが、横井さんには様子見て話をしてみます」

「よろしくお願いします」


 尾堂と真田が話している間に、勝永は上司であるプロデューサーに捕獲されていた。

「お前さ、なんで尾堂ここまで連れてきたの。

 まさかとは思うけど、お前を送り込んだのは本人には言ってねえよな?」

 勝永は気まずい思いで頭を掻いた。

「すみません、完全にばれました」

 プロデューサーは唖然とした

「おい!」

 尾堂は彼らの会話に口を挟んだ。

「今日は色々と手配してくださってありがとうございました。

 あと、ADさん、こちらに送りこんでいただいて大変役にたっております」

「えっっ……」

「人手としてしばらく借りますね。

 構いませんか?」

 尾堂が笑いかけると、プロデューサーはぽかんと口を開いた後、勝永の両肩を掴んで尾堂に向けて押し出した。

「あっ……。

 どうぞどうぞ。

 ご自由にお使いください」

「えっ!」

 正式運転手兼テレビ局との繋ぎ役兼雑用係を確保した、良し。



 JTNテレビ局を出てとりあえず自社に向かうことにした。

 勝永の運転する車の中、尾堂は乗り込んだ後部座席で大きく肩を回した。

 勝永が運転席に座って前を見ながらぼやいた。

「尾堂さんて、たまに怖いですよね」

「おれが? どこが?」

 謎の発言に聞き返すと、勝永は疲れたような声で続けた。

「びっくりしましたよ。

 企業秘密全部見せろって詰め寄った時。

 普通に、絶対無理でしょ」

 尾堂は何を当然のことを、と笑った。

「欲しいものがあったらとりあえず頼んでみるだろ。

 この状況で普通無理とか言ってられるか。

 勝負かけなくてどうする」

「アスリートだなあ……。

 そういうところですよ、妙に迫力があるというか。

 かつて世界を相手取って戦ってきた男の気迫を感じるというか」

 何故かしみじみとした口調だった。

 尾堂はネクタイを緩めつつあくびをした。

「そんなのあるわけないだろ。

 引退してどれだけ経つと思ってるんだ。

 ただのサラリーマンのおじさんだよ」

「そうかな……?」






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