15話 二台ピアノと、まだ知らない恋
黒塗りの車が門を抜け、広い庭を静かに進む。
石田がドアを開けると――
「お姉様っっっ!!」
まるで弾丸のように、千秋が玄関から飛び出してきた。
雪乃の腕に勢いよく飛び込む。
「お、おおっと……! 千秋、落ち着いて……!」
「落ち着けませんわ!! お姉様と直接会える日!!
この日をどれほど心待ちにしていたか!!」
ぎゅうぎゅう、と抱きしめられ雪乃の背骨が少し悲鳴を上げた。
「相変わらず愛が重いわね……まるで妹みたいな顔、いえ――」
視線が、からかうように細められる。
「実態は出来の悪い弟子だったはずだけれど?」
「お姉様の弟子であること!!それこそ最上の誇りですわ!!」
頬まで真っ赤にして、千秋は雪乃の手を引っ張る。
「練習室、もう準備できてますわ!! 二台ピアノでがっつりできますの!!」
「ええ。時間がないもの」
雪乃は深呼吸し、前を向いた。
指先の震えをそっと隠しながら。
「今日はスパルタで行くわ。千秋が泣こうが喚こうが容赦しない」
「望むところですわっ!! 泣くのも叫ぶのも覚悟済みですから!!
お姉様に認めていただけるなら――何度倒れても起き上がりますわ!!」
「強がりは美徳じゃないのだけれど」
「強がりではなく、決意ですわ!!」
その瞳は熱と誇りに満ちていた。
雪乃は確かな微笑みを返した。
「……さあ行きましょう、千秋。私たちの音を――未来へ」
「はいっ!!お姉様!!」
―――
長い廊下を歩くたび、雪乃の視界に懐かしい景色が広がった。
壁に飾られた千秋の幼い写真。
ピアノの前で一生懸命な小さな後ろ姿。
(この子は……ずっと努力し続けてきた)
雪乃の胸に、静かな熱が宿った。
「お姉様、こちらですわ!!」
千秋は扉の前でぴたりと止まり、真剣な顔つきで振り返った。
「わたくし――文化祭のあの日からずっと、お姉様の音を追い続けてきました」
「千秋……」
「だから今日、絶対に恥ずかしい演奏はできませんわ。
お姉様の――弟子ですもの!!」
雪乃はそっと千秋の肩へ手を添えた。
千秋の呼吸が一瞬止まる。
「期待しているわ。六地蔵千秋――私の誇りよ」
千秋の瞳が、鼓動が、一瞬で凍けるように震えた。
「参りましょう!弟子と師として、初めての舞台へ!!」
「初舞台、ね……悪くない表現」
二人は重厚な扉を押し開く。
スポットライトに照らされた
二台の黒いピアノがこちらを待っていた。
鍵盤の白と黒が、未来への道に見えた。
「お姉様。全力でついて参りますわ!!」
「迷っていい。でも、置いていかれないで」
「はいっ!! 何があっても、離れませんわ!!」
二人の呼吸がぴたりと合う。
鍵盤へ伸ばす指先が、同じ瞬間にわずかに震えた。
――音が生まれる前から、もう始まっていた。




