華出井 葵(12)と願いの井戸 67
京護は、隣で絵本を読んでいる影を一瞥してから、甚八を向いた。
「あの、その人と会える? 病院に居る人。話、出来るかな」
「ああ……まあ、そうなるよね」
「お母さんの手がかりになるなら、なんでも聞きたいんだ。見つかる為だけじゃなく、おれの知らない事があるなら知りたい。
お父さんが何かしないように、してからにするから」
予想通りといえば予想通りの提案に、甚八は苦笑いを浮かべる。
協力してあげたいと思ったが、叶えてあげらない事に肩を落とす。
「それを許可するかは、僕が決められない。
葵様か、葵様経由になる。
葵様だけで決められるなら許可は降りるかもしれないが、本家預かりだから」
葵や本家の名前に、京護は驚かない。むしろ納得している顔だ。
甚八は、更に落ち込ませるのを分かっていても、答えた。
「ただ、会えたとしても、話をすることは無理だろう」
「どうして?」
少し躊躇いつつ、言葉を選んでから甚八が口を開いた。
「あの日から、少し気が触れてしまってね」
気が触れる、という言い回しが聞き慣れなかった京護は、困惑の色を乗せた。
甚八は更に、説明を追加する。
「つまり会話が成り立たない。
質問をしても答えが期待できない。独り言が多く、聞いているかも怪しい」
そんな状態の刀鍛冶に、当事者である京護と会う事で悪化しないかを、甚八は危惧している。
甚八個人として、どうなろうと問題はない。
面倒が増えたら嫌だなという打算と、そうなる事で、京護の精神面も心配している。
黙ってしまった京護に、あえて明るく会話を続けた。
「それを踏まえても、葵様に会えるか聞くぐらいは良いんじゃないかな。
さっきも言ったように、葵様の最優先は君だから」
葵の知らない京護の事を、自分が知っている方が、面倒くさい。
これが一番の本音だが、誰にも言えない。
甚八の脳内では、猫を被りまくっている葵と、悪魔のしっぽが生えた葵が、どちらもケケケと笑っている。
甚八の助言に、京護は俯いて考え込んでしまった。
しばらく待っていると、うん、と一つ頷いた。
「じゃあ、それはまた葵君に聞いてみる」
「うん、その方が良いよ」
「先生じゃ決められないんだよね」
「うん、そうだよ」
含みがあるなあと思っていると、京護が自分の膝を掴んでいる事に気づいた。
手も足も、少し震えている。
病衣からすっかり隠れた黒パンツでも分かる足の震えに、甚八の思考が出遅れた。
「先生。じゃあ、先生が関係している事を聞いて良い?」
どうして、君はそんなに怯えているんだろう。




