華出井 葵(12)と願いの井戸 66
京護は、お腹のポケットに入れている立体パズルを、パーカー越しに触る。
「それって、葵君が作ったの?」
京護の予想に反して、甚八は目をキョトンとさせた。
「……そういえば、誰が作ったかとか聞いていなかったな。葵様じゃないと思うけど。
最初、その部屋の目的を知らないまま男の処置だけ頼まれてね」
甚八は首の根に手を当て、当時を思い出しながら、大きなため息をついた。
「利用目的を知ったのは、円花を継いでからだった。
本当に意味がある事が起きるとは、昨日というか今朝までか。思わなかったよ」
甚八に溜息をつかせた当事者は、絵本を1冊読み終えて、2冊目に手を付けていた。
「おかげで、病院に居させるしかないのが実証されてしまった。
他の分家のけん制になるから、そのままにしろって言われるし。
僕が家も病院も継いだのに、僕に決めさせて貰えない」
子供の前で関係ない愚痴言ってるなと思いながら、口が止められない。
甚八が文句を言いたくなるのは、この言葉に帰結する。
「ここは総合病院だ。一般人を巻き込みたくはないのに」
またしても溜息をついて、こめかみを抑える事で落ち着こうと努力した。
目を一度閉じてリセットするも、視界にある京護の足元から見てくる目玉に、眉間に皺を寄せる。
京護や葵が抑えない限り、影が無害じゃないのは身をもって知っている。
だが、それは声にするのを抑えた。
京護が故意にした結果ではないからだ。
甚八の視線の先が、自分の足元の影だと京護も気づく。
影に使われた側でも、結果、刀鍛冶が生きてそこにいる理由に京護自身が入る。その事に、きゅっと唇を噛んだ。
「先生、あの、病院の人たちは大丈夫?」
「ああ。艻月家の双子も気絶していただけだし、他も無事だよ、多分。
すぐこっちに移動したから、院内全員を確認しきれてないが、先手で対策されていた葵様を信じることにしている」
甚八の説明を聞いた後、京護は足元の影を見下ろした。影も、目を京護に合わせる。
「お父さん。葵君が凄くなかったら、その人も、病院の人も見てないけど双子の人も葵君にも、怪我させる気だったんだよね」
京護の怒りも気にせず、足元の一つ目は、目をニタリと細めた。
影の態度に怒る前に、横やりを入れたのは甚八だった。
「連君、僕も怪我の心配に入れて」
「そうだった。じゃなくて、先生はえっと、葵君枠だから」
言い訳が苦しい。
自覚のある京護は、口の端を不器用にひくつかせながら、甚八を見る。
言われた甚八は、軽く目を閉じて俯いてから3秒もかからず、顔をすぐに上げた。
「もしかしなくても、下で逃げたのまだ怒ってるね」
甚八の指摘に、京護は少し間を開けて両方の口角を緩めた。
「……ちょっと」
へらっとしながらも子供は素直に言ったので、大人は仕方なしと受け入れる。
「挽回のチャンスが欲しい」
「じゃあもう怒らないから、俺の希望というか質問を聞いて欲しい」
「交渉上手だな。いいよ、何だい」
甚八は、内心喜んでいた。
感情の見えるやり取りが、葵だけなく甚八とも京護がしているからだ。
子供が遠慮するよりずっと良いと、内心満足しながら質問を待つ。




