華出井 葵(12)と願いの井戸 63
見えないし感じない。だが、ある事は疑っていない。
華出井家にある井戸。その井戸に落ちた先で手にできる、願いを叶える宝物。
人間だった頃の父親を殺した男が、京護を井戸に落とした。
宝物を拾って来いと落とされ、再び地上に戻った時は、人間の姿をやめた父親が、子を支配して周囲の命を刈り取った。
影は、子の知らぬまま願った事に反応した宝物と共に同化している。
そして同じ宝物が、葵の中と、葵から預かったパズルの中にもある。
同じであるという事以外分からない、その物が、なにを京護がよんで、よんだのか。
京護には分かる影の言語を使わずに、『呼んだ』か『読んだ』か、もしくは『詠んだ』か分からない言い方で伝えるのは何なのか。
「お父さん、それって」
どういう意味と言う前に、床に浮かぶ影の目は、甚八を見た。
【おまえ ヨンダ いかり ヨンダ】
ギョロリと、標的が自分に移った甚八は、思わず半歩下がろうとして壁にぶつかった。
京護はどうして甚八に矛先が向くか分かっていないが、当人は分かっている。
【おまえ イカリ おまえ ムスコ いかり ちがう】
唇を噛む甚八は、肩を震わせて何かを求めるように、京護の隣で絵本を読んでいる影を見る。
絵本を読み終えようとしている方の影は、二人に無関心のままだ。
床の影が、睨み上げる形の眼を細める。
【オマエ なにを ネガ つた】
「ぼ、僕は……いや、そうか、さっきのは僕のせいか」
固く結んだ自身の唇の端から、自虐的な笑い声を出す。納得しているのは、甚八だけだ。
「先生?」
項垂れる甚八に声をかけるが、返答はない。
事実を述べただけだ。
父親を殺した凶器を管理していた男が、甚八が勤務する病院で保護されている。
どうして甚八が落ち込むんだろう。
もう一度呼ぼうか考えていると、俯いたまま甚八が返した。
「……反省するから、3分だけ寝させてくれないか。誰かに呼ばれても、起きてからにすると言ってくれ」
「え? うん。いい、よ」
甚八はポケットからスマホを取り出し、アラームをセットする。
そして持っていた白衣ごと、すぐ横のボックスソファに置いた。
「ごめん。僕の私怨に、君を利用するところだった」
言うなり甚八は、あっさりと寝た。
事情の全てが分からない京護は、3分以上でも良いのにと思いつつ、新たな疑問が増えた。
「……しえんてどういう意味?」
漢字が浮かばない。
床を見下ろしても、影は目を細めたまま甚八を見ている。楽しそうだ。
「また先生をからかったんだ」
おかげで話が進まないじゃないかと、呆れた京護の横に居た側の影が、京護の腕を突いた。
【ホカノ みたい】
「えー」
こちらの影も楽しそうだ。




