華出井 葵(12)と願いの井戸 61
「先にどっちから?」
甚八が京護に尋ねると、少し考えてから足元を覗き込む。
影は足元から腕を伸ばし、マットやソファ兼ブロックに置かれている遊具や絵本に手を伸ばしている。
届かないんだったなと、京護は絵本やボールを自分の横に置いた。
「お父さんは病院のこと、どこまで知ってるの? 葵君にした事、おれまだ許してないよ」
影は京護が置いた絵本を枝に似た先で引っかけて開く。枝の先だけが眼球で絵本を見ている影は、先以外の伸びた部分を、小さな口で埋め尽くしてパカパカと開ける。
同時に、風を切る音が小さく鳴った。
影が独自の言語で京護に話したのだが、やはり甚八には翻訳できない。
意味を理解している京護は、唇を尖らせる。
「……知らないの、おれだけじゃん」
翻訳をお願いしようとした甚八に、京護は目を合わせた。
「先生から言ってよ、おれしか知らないの嫌だし」
「良いよ」
すぐに頷いた。甚八は、進行形で似た感情を持っている。
どうにか翻訳したいなあと、頭の片隅に残して話題を今朝に戻す。
「まず病室で、葵様にソレが攻撃をしかけていただろう」
「うん」
「あの部屋は最上階なんだけど、同時に院内中を探索されていたらしくてね。四方八方、地下まで含めて全部」
甚八は両手で、四角を作り、右手の人差し指で下を指した。
エリアであるという事を指しながら、その指が地下で止まる。
「その時、地下に居たのが」
「生きててくれた人なんだ」
京護の言い方に、甚八は息をつめた。
京護には難しい感情は見えない。ただ素直に、生存者が居る事を大事にしている。
この少年は、影が人を殺せた条件を恐らくまだ知らない。これは甚八の憶測だ。
そして、知らない故なのか分からないまま、あの場所で5年虐げられても尚、そう言える事に不思議な感情を抱いた。
未知なものを見た畏怖のようで、人間性に感嘆したようで、すぐには処理できない物だった。
すぐに分からないなら仕方がない。
甚八は気にしない事にして、話をつづけた。
「そうだね。その人は刀鍛冶をしていて、先代の刀は専属で扱っていた」
甚八の言葉に、京護の眉間に皺が寄った。
ああ、ちゃんと感情があると、甚八は安堵した。
「それ」
「そうだよ」
京護の言葉にあえて被せて、甚八が答えた。
「連君の、人だった頃の父親を殺した刀も担当していた」




