華出井 葵(12)と願いの井戸 58
甚八がまず言いたかったのは、影の指摘に関する事ではない。
「まだ暑いなここ」
だった。この隠し部屋には、冷暖房設備が無い。
京護は、昼の時よりマシかなと部屋を見渡す。
喚起もしていない部屋は、確かに暑い。
今まで涼しい客室ホールに居たので、じわりとにじむ汗が気になる。
ましてや、甚八は徹夜続きの体だ。
「連君。もし僕が言った事の話なら、ゲストルームにしない? というか、涼しくなるならどこでも良い」
「うん、いいよ。つい来ちゃっただけだし」
「分かるよ」
この屋敷で最初に訪れたのも、葵が彩度連れて行ったのも、ここだ。
廊下に出る際、京護は、名残惜し気な顔をして俯いた。
本当は留まる理由があり、遠慮しているのかもしれない。
「ここに居たい?」
甚八に促され、かんばせを赤くして答える。
「暑いけど、ここって…………秘密基地みたいだから」
何も無くても、居てるだけで楽しい気分になるらしい。
覚えのある甚八は、汗を一つ流して頷いた。
「すごく分かるよ」
頷きながら、冷暖房設備を提案しようと決めた。秘密基地なら尚更、快適さも大事だ。
影は、どこでも良かった。
影にとってこの部屋に問題点はない。
葵が作って、今は京護がパーカーのポケットに居れている、立体パズル。それが屋敷の敷地を対象に、影に行動の制限をかけているからだ。
重ね掛けで、京護自身によっても抑えられている。
今は京護の手の届く範囲での行動だけで、攻撃は不可。話すことは可能だからこそ、いたずら心で口が滑りやすい。
そんな影は京護の足や腕にまとわりつきながら、京護と甚八が向かう部屋や廊下を観察する。
葵から預かったパズルにも興味があるが、制作者の葵が居ないのであれば、面白さは半減する。
影の好奇は、ある人物。
【どこだ ドコダ わし シル さがす】
【ドコダ たどる キク どこだ ドコダ】
「…………言ってしまったのは早計だったな」
甚八が大きなため息をつく。
隠し部屋を出る際、どこまで京護が葵から聞かされたかを、甚八は尋ねた。
葵は、影にこう言った。
『おっさんが病院で探ってたヤツ。病院で守ってるから、あきらめなよ。どうせやる事、あの時と同じでしょ。
代わりにもう一個、教えてあげる』
『おっさんが井戸で見逃した方。艻月が外側を見つけててさ、ずっと見張ってる。
おっさんがアレに何かしたら、本家にバレる』
京護は、バレても良いから、その見張っている人物に聞きたい事があると、葵に返した。
葵は、了承している。
だから、目の下の隈がまた濃くなった甚八が、溜息をつくほどでもないとフォローしたかった。
「でも、おれも知りたかった事だから。先生も知ってたの?」
「円花を継いだからね。病院内の事で、僕の知らないことは無くなっている。
ただ、艻月家の方は、見張ってる事しか分からない。そこはあっちのテリトリーだから、藪をつついて蛇を出す気は、まだ無いかな」
「藪?」
二人が向かっているのは、葵が『なにか広い部屋』と言った場所。
歩きながら、甚八は京護が引っかかった慣用句の説明をする。
「しなくても良い事をした結果、自分に悪い事が起こることかな。
藪は、手入れされてない草木が生えまくっているところね」
すぐにたどり着いたドアを開けた先は、客室ホールよりは狭いものの、十分『なにか広い部屋』だった。
プレイルームと呼ばれる部屋だが、随分と煩雑だった。




