華出井 葵(12)と願いの井戸 50
京護と甚八。二人で並んでいると、背後からミヨが、甚八に話しかける。
「円花さんも選んで良いのよ。
今回はお持ちいただくようお願いしていないけれど、カタログは」
ミヨが、横に立つ霧子の反対側を見ると、つかさず外商の男性が、ミヨにカタログを差し出した。
「こちらに御座います。ご希望の現物は、すぐに手配させて頂きます」
「ありがとう」
ミヨは膝の上に置いていた、付箋付きのカタログを男性スタッフに渡した。その後に、男性スタッフが持っているカタログを、甚八に渡すように促した。
「あとお支払いも」
「ご心配には及びません奥様。円花医師は、ご自分で支払います」
霧子がミヨの言葉に被さる形で助言すれば、甚八も頷いて同意する。
「はい、勿論」
男性スタッフは、同じ外商の女性スタッフにカタログを渡す。その女性スタッフの手から、甚八に渡された。
「僕の分は、自分の懐から出します。ご隠居様のご厚意、感謝いたします」
「そう? それじゃあ、ゆっくり見てね」
「ありがとうございます」
大人のやり取りに意識の向かない京護は、1人で唸りながら服を選んでいた。
甚八から見れば選ぶというよりは、睨んでいる。
京護は葵から、葵の分と、葵と京護の共有洋服も頼まれているのだ。
「服を選んでいるのに、世界の終わりか救済かを決めかねない顔になってる」
「先生、アドバイスじゃないなら黙ってよ」
「服の組み合わせなんて分からないから、アドバイスは無理」
「なにそれ」
甚八は背後と、外商スタッフに気を配りながら、唸りながらも、一つ一つ見て行く京護についていく。
影の可動域から、甚八以外が離れた位置になり。変わらず唸っている京護に、小声で話しかけた。
「連君のプレッシャーの基準が分からないな。あのお二方より、服の方が困るのかい」
艻月霧子に気負わされ、華出井ミヨの雰囲気に困惑していても、今よりはマシだろう。
京護も周囲を一度だけ気にしてから、甚八よりも小声で返した。
「だってこういうの…………おれの中では普通じゃないし」
甚八は、曖昧な頷きしか出来ない。目を回しそうな京護を覗き見ながら、暇なので普通を考える。
普通、そのものは広義的だ。あえて言えば、平均だろうか。
だが、京護の普通の元にあるのは、母親の教育方針である。それはとても、狭義的な普通だ。
外商が普通の枠ではない事は、甚八も同意する。
「せんせぇ」
人の印象にも、普通があるだろう。
5年もの間、京護は自分を虐げる大人しか見ていない筈と、甚八は推察している。
普通ではない状況を、自己防衛で日常と解釈して歪ませていても、おかしくはない。
「せんせい」
だのに、状況に臆しているが、ミヨと霧子から逃げてはいない。影が見つけた秘密を、ミヨが無意識に持っていてもだ。
人の方を警戒する方が普通、という解釈も歪むのだろうか。
「先生っ」
子供の、小声で叫ぶ器用な声で、我に返る。
ハッと焦点を合わせると京護が、服を睨む目で甚八を睨んでいた。




