華出井 葵(12)と願いの井戸 44
京護は、突然提案された呼ばれ方に戸惑った。
幼稚園の頃に、誰かにそう呼ばれていたかもなどか、初対面で呼ばれるものなのかなど。
あからさまな態度を見せた京護に、ミヨは微笑んだ。
「不躾でごめんなさいね、年を取ると名前が覚えにくくて。
アオちゃんのいとこならって、甘えたいのだけれど、駄目だったら言ってね」
京護の顔を伺うように首を傾けると、整っていたセミロングの髪が、さらりと揺れた。
ミヨの言葉で、葵に言われた設定を思い出す。
そうだ、自分と葵君はこの家で住む時、いとこで通すのだったと。
「はいっ、いえ、あのっ、その呼び方で、大丈夫です」
「ふふ、ありがとう。
緊張しないで、あなたとても良い子ね、キョウちゃん。
この家が益々賑やかになって、嬉しいわ」
二人のやり取りを眺めていた葵は、作戦成功とニンマリ笑う。その後ろで甚八は思った。
「ご隠居様、子猫を見るような目してませんか」
落ちる独り言を、葵が顔を上げて拾った。
「この前ぼく、今日もかわいいってお仕事が出来てエライわって言われた」
なるほど。言い得て妙だと甚八は納得する。
「ぼくはいつもかわいいから当然だけど、カッコイイも言って欲しいんだ」
そういう意味で頷いた甚八ではない。年の差を考えれば、子供みな子猫扱いも、おかしくはないと思ったのだ。
本音を黙っていると、ご隠居様ことミヨは、自分の両手を音を立てて合わせ、話題を変えた。
「それじゃあ早速、キョウちゃんのお引越しのお祝いをさせて頂戴」
お祝い?
京護はそれこそ、猫のように目をキョトリとさせて、ミヨを見た。
ミヨの横で常に様子を伺っていた、分家の一つである艻月家からの世話役・艻月霧子は心得たと頷く。
「葵様のアドバイスを元に、連様のサイズに合いそうな服を、ひと通りご用意致しました」
ご用意?
先と全く同じリアクションでいる京護を放置し、霧子は、ミヨの車椅子を押して先導する。
二人をポカンと眺めていた京護を誘導したのは、甚八や葵はなく影だった。
京護の両袖の中に隠れていた影が、京護の両手首にロープ上にぎゅっと巻きついて、進行方向へ引っ張ったのだ。
「えっ⁈」
ぐいっと、無理やり前かがみに体制を変えられた京護は、防御から躓く足を踏ん張る。
「行きたいのは分かったし行くからっ」
小声で叫ぶ京護は、どうすれば良いか分からないまま、自分の腕を引っ張り返したり、振って止めさせる。
甚八は、病院で見たアレだった。
「子供が親の手を掴んで、売店のクジ買ってもらおうとするアレですね」
葵は近所で見かけた、アレだった。
「リード持ってる人を無視して散歩ではしゃいでた犬だ」
ミヨと霧子には、見られていない。
本当にバレる前にと、3人は霧子の後ろについていく。
目的地は、客室ホール。
かつて、サロンやダンスホールと呼ばれていた部屋には、物が溢れていた。
洋服を中心に、ずらりと子供向けの商品が飾られている様は、誰が見ても店だった。
店に見えたのは、スーツ着用の大人が待っていたのが大きい。扉に男性が1人、商品の端に男性が一人と、反対側の端には女性が一人立っている。
京護には、ライトが不要なほど、商品そのものが光っていた。
だが、京護以外には、見慣れた光景だった。
扉の傍に板男性は慣れた口調で、ミヨと挨拶をしている。
葵は、京護が呆気に取られているのを満足気に見てから、商品を見渡した。
「すっごい並んでる。ひいおばあ様、ぼくのお願いきいてくれて、ありがとう」
「いいのよ、わたくしもお買い物大好きですもの。アオちゃんのもあるのよ」
「ごめんなさい。ぼく、今から稽古に行かないと。ぼくの分は、京護に選んでもらうね」
それって素敵ねと、ミヨは微笑ましげに笑った。
葵は端にいる、近くの女性スタッフに声をかけた。
「ぼくのサイズ、前と変わってないから」
「かしこまりました」
用は済んだと、葵は1人で客室ホールから出て行こうと扉に向かう。
引き留めたのは京護だ。
「葵君待って、待って待って、本当に待って行かないで」
葵に、必死の形相で訴える。
「これ、どういう状況?」
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