華出井 葵(12)と願いの井戸 41
「葵君、ごめん」
京護は腕を降ろし、居たたまれない気持ちで俯いた。
葵はきょとんと目を丸め、京護の顔を覗き込む。
「なんで謝るの?」
慎重差がある為、俯いても目が合う。
京護は一度目を合わせてから、自分の頬を突く影がいる横を向いた。
「…………そっちの都合の良いおれになったから、間違ってないんだろって…………言ったこと」
すぐに思い出した葵は、両頬を上げる。
「んふふ」
「…………なんで、機嫌が良くなるの」
葵は拳にした右手を口元に当て、笑いをこらえるような仕草をする。
けれど漏れる笑みは止まらず、手の隙間から落ちていく。
「あれってケンカでしょ」
「ケンカ?」
「仲いいとケンカするんでしょ」
葵に言われてもピンとはこない。
いつか見たアニメで喧嘩するほど仲が良いと聞いたかもしれないが、今が当てはまるものだったか分からない。
「葵君はおれにケンカしてないよ」
「ケンカってなぐった方が良いの? ぼくしないよ、京護には」
京護には、という言い方は気になったものの、咄嗟に出るのは賛同だ。
「おれもしないよ。葵君になんて出来ないし、誰にもしたくない…………痛いの知ってるから」
「じゃあ、ぼくが言い返したらケンカの続きになる?
でも、ぼくが言い返すことなんておっさんのことぐらいだし」
「お父さん?」
そういえば、葵は割と影に噛みつくなあと、昨日からの事を思い出す。
「葵君が、ぼくからお父さんを引きはがしたのって、葵君の都合と関係してるの?」
京護の質問に葵は、京護ではなく影を見た。
影は形を保たないまま京護の首に巻きついたり頭に乗ったりと、居心地のいい場所を探しているように見える。
京護はされるがままだ。葵も気にせず京護に視線を戻す。
「ちょっと正解。ていうか、逆。あの日、ぼくのおひろめだったでしょ」
葵のいうあの日とは、京護が井戸に落とされて、怪異だった父親と同化した日。
そして京護の主導権を奪うことで京護を使い、本家の華出井と分家の人間を、殺せるだけ殺した日。
その影から京護を取り戻した日。
葵がその場にいたのは、その日が、葵が次の本家の跡継ぎであるお披露目の日だったのだ。
おひろめをするというのを、京護は七夕が過ぎたある日、直接葵から聞いていた。
あの日がそうだったんだと思ったが、答える前に葵が続けた。
「おひろめ見て欲しかったけどダメって言われたから、じゃあ格好だけでもって思ってたのに、全部だいなし」
葵は弾けるように、両手を上げて広げた。
「全部、ぜーんぶ、サイアクの日。でも、全部、ぜーんぶ、ザマァな日になった。ザマアミロ」
先までくふくふと愛らしく笑っていた葵は、最後に、にししと悪い笑みを顔に乗せた。
どうしてそんな顔にと思ったけど、京護はより知りたい方を尋ねた。
「じゃあ、おれが間違ってないのって」
「京護は、どうしてぼくが言えるか知りたいんだよね」
「う、うん」
恩人である葵にとっての都合の善し悪しより、今は、そんな恩人が言う自分の基準が気になった。
葵が答えようとした時、壁の向こう側で声がした。
「葵様、奥様がお呼びです。お連れ様もご一緒にとの事ですので、よろしくお願いいたします」
ゆったりとした口調でも、意思の強い女性の声だった。
京護には、どこからか聞こえた声かは分からなかった。
葵は、階段の上がったところだと気づいている。
葵の場所が分からない時、彼女が号令のように言うのだ。
二度も呼ばれる前に、声を張り上げて答えた。
「はーい、今行くーっ」
葵は京護を見て、影を指した。
「続きは後でね。おっさんは京護に任せる」
「え? まだこんな状態だけど」
切り替えの早い葵は、隠し部屋の扉を開けた。
「犬のリード持ってんなら、あとは主人のしつけだって言うじゃん」
「知らないよ、犬飼った事ないし」
「ぼくも無い」
後に続いた京護が、廊下から閉めて振り返ると、目の前には、葵の持っていたパズルがあった。
「これ、あずかっといて。ぼく、これから出るから」
手に持つのを躊躇ったが、押し付けられたので受け取った。
間近で見ても、誰かに説明するなら『ガラス細工で出来た、ルービックキューブ』だ。
京護が持っても変わらず、内部は淡く光っている。
「おれ、葵君みたいに使えないよ」
「持ってるだけで良いよ。でも使い方教えてないだけで、知ったら京護なら使えるよ。多分」
「多分は困る…………」
受け取った以上は持つしかないので、うっかり動かさないよう、大事に手に抱える。
興味津々の影がパズルに伸ばす手は、抑えておいた。
「お父さんは触っちゃダメ」
「京護いける。そんな感じでしつけちゃえ」
親指を立ててサムズアップされたので、京護は溜息をついて後ろをついて歩く。
葵が言うので、そうするしか無くなった。
階段を降りる手前で、葵は振り返らずに京護に話しかけた。
「さっきのこと。理由なんてないよ」
「さっき?」
「ぼくと京護は同じだもん。フィーリングってやつ」
疑問に疑問を増やされた京護は、次の葵のセリフに、傾げ続ける首がギシリと固まった。
「あ、ぼくと京護はいとこって設定なの忘れてないよね」
忘れてた。




