華出井 葵(12)と願いの井戸 38
甚八の診断結果の全てを、京護が理解してはいなかった。
知らない言葉があったのと、なにより自分が目覚めた日にちの感覚が、大幅にズレていたせいだ。
沈黙に甘えて多くをかみ砕いても、やはり、分からない事がある。
一方で、我が事には無関心な様子の葵には気づかない。
葵は、甚八からの説明を聞いた時の、京護の様子だけを気にした。
我慢できず、横の京護をチラりと伺う。
それなりに時間を貰った京護は、驚きの中に喜色を織り交ぜた顔をしていた。
「普通なんだ…………」
「京護?」
「おれ、普通なんだ。おかあさん、喜んでくれるかな」
葵は目を丸くし、甚八は、京護の独り言の意味が分からなくて困惑する。
図らずも、京護の心理を理解したのは影だった。
立体パズルの上に座っている形のまま、新しい一体を甚八の前、もう一体を葵の前に立たせた。
【おれの オンナ ふつう フツウ ふつう】
【フツウ のこす キ むすこ フツウ すき】
【むすこ フツウ おんな フツウ】
【ふつう フツウ ふつう フツウ】
【むすこ オンナ にてる】
言葉が増えるたび、小人の影が増えていく。
まるで小さな合唱団だ。
京護が、最後の母親に似ているという言葉に、変わらず嬉し気に返した。
「顔はおとうさん似で中身は似てないって言われてたから、そうなのかな」
照れくさげな京護に、葵は興味深々に影と京護を観察している。
甚八は、京護が嬉しい理由を思い出す。
京護の母親は、分家の一つである蔵馬家の娘だ。
本家に嫁いだのは、甚八も知っている。
その後、詳細は不明のまま影を父親として親子3人の生活を9年続けていた。
本家に父親を殺され、攫われた5年で訴えてきたのは、ただ一つ。
自分は普通の子なのに、どうしてこんな事をされなければならないのか。
普通という言葉に、母親がどれだけの教育をしたのか分からない。
影は気にしていない。むしろ楽しいのだろう。
今も普通の合唱だ。ちょっと輪唱も入っている。
甚八は、良かったねと、取り繕う事が出来なかった。
だが子供は、その普通という物を、失った家族のよすがにしているのだ。
京護は頬の筋肉を緩めて、甚八を見た。
「見た目大きくなったけど、おかあさん、それならおれだって分かるかな」
甚八は、拳をぎゅっと握ってから、答えた。
「会えるよう、僕も手伝える事があったらするよ」
京護は、笑顔でお礼を言った。
甚八が気になるのは、どうして京護は、母親が生きていると確信しているのだろうという事。




