華出井 葵(12)と願いの井戸 36
口調と、その主張と、結果がもたらす物の温度差が激しくないか?
京護の答えに、甚八は最初こそとまどったものの、すぐに理解する。
理解できたからこそ、言わずにいられない。
「ちょっと待って、同意すれば乗っ取られても良いのか」
甚八の前のめりな質問に、京護はパチリと瞬きした。
そう返されると、思っていなかったのだ。
京護は首をかしげ、考えを整理する為に広いダイニングルームを見渡す。
最後に原因である影を見てから、甚八を見た。
「使われたいなんて思わないけど、そういう事になるかな」
曖昧ながら肯定するので、甚八はくらりと眩暈を起こした。
このままテーブルに突っ伏して、地団太を踏む代わりにテーブルに拳を叩きつけたい。
甚八の葛藤を気にしない葵が、椅子の上で両ひざを曲げて座る。ひざに方頬を乗せて、京護を横から見上げた。
その顔は、興味深げに笑っていた。
「京護のは願いのバージョンアップだから、これってぼくもしたこと無いんだよね」
「え? そうなの?」
「そう。だから京護がした事、実はぼくも興味あるんだけど」
京護の顔を覗き込む葵に、京護は眉根を下げた。
「ごめん、うまく説明できないんだ」
「うん、そうだろうなって」
ニコッと人懐こく京護を見てから、葵は、今度は含みのある笑みで口角を上げた。
「という事で甚八。今度はそっちの番」
三角座りしていた姿勢を崩し、同じ椅子の上であぐらをかいた。
「全部吐いてよ、お前が知る僕らのこと」
そう、それが条件だった。
だから、先に二人は質問に答えた。
分かっていて、甚八は口をもごもごとさせて、答えに詰まる。
「大人に騙されてるままの子供に上乗せでたぶらかすみたいで、やっぱり嫌です」
勝手な主張だと分かっているので、甚八は大人げなく視線を逸らせた。
葵は目も口も丸くさせ、すぐに椅子の上に立つや叫んだ。
「ワガママっ」
「医者の守秘義務の前に、人として居た溜まれません。コレに、同意さえあれば使われても良いなんてあり得ない。
僕の答え次第で助長されるなら、言いたくないです」
「ズルい」
葵はバンっと、テーブルを叩いた。
こっちだって叩きたいと、甚八は視線を戻したが、我がままでズルいのはその通りだった。
「だっ、…………連君は良いのか」
「おれ?」
矛先が向いた京護は、自身を指さした。
「怒っているんだろう? どうしてそう思える。
父親だからか。だとすれば尚、厄介だ。子供に責任を負わせる大人ほど馬鹿な事はないんだ」
本音で詰めたところで、それが正しくても、敵前逃亡には変わりない。
特に、葵には響かない。
理解不能だと首を大げさに傾げ、甚八を指さしながら京護に確認する。
「ひいおばあ様が言ってたイヤイヤ期って、こういうやつだっけ?」
「イヤイヤ期ってなに?」
「さあ。甚八みたいなんじゃないの」
「真っ当な事を言っているのは、僕の方なんですがっ」
段々と話が脱線してきた。それこそが大人ってズルいなあと思っている葵は、自分の主張をシンプルに打ち立てる。
「こっちの情報はもらっておいて、だましてるのどっちなんだよ。
ゲーム以下クエストじゃん、甚八。職業、医者じゃなくてサギ師に変えたらぁ」
椅子の上に立ったまま、葵はふんぞり返って甚八を見下げる。
「聞くのでは無かった…………」
今度こそテーブルに突っ伏した甚八を、京護は静かに凝視する。
この屋敷に来てから何度か見てきた二人のやり取りを、静観に顧みる。
地続きにあるのは、昨日の病室で起きた、出来事の全て。
葵の主張とは別の、京護の答えが、そこにある。
「…………思って無いよね先生」
静かな声でも、京護のそれはよく通った。
影も葵も、京護を見た。そして最後に、俯いていた甚八も顔を上げる。
京護は、落ち着いていた。
「うそだよね先生、聞くんじゃなかったって。
先生は後悔してない」
「連君」
「昨日の先生から、先生は今日も変わってないよね…………目の下のくまは昨日より酷いけど」
本当に酷いよ本当、と京護は甚八の目元を見ながら2回、心の中で思った。
思わず、心の内が漏れて苦笑いになる。
「先生。おれは自分の事なのにまだ思い出せないのもあるし、思い出すのも怖いよ」
京護の言葉に、甚八の方が苦悶の表情を浮かべる。
だから、出来るだけハッキリ京護は返した。
「でも、全部知りたい」
今の気持ちを、昨日の甚八なら分かってくれると思っている。
疑いもない眼差しで、けれど静かに、京護は今の甚八に問いかけた。
「先生とおれは、同じだ」
そうだよね、と。乗せない声を込める。
甚八次第になったダイニングルームの沈黙は、30秒もかからずに破られた。
「…………分かったよ。ごめん、駄々をこねたね」
椅子の上に立ったままの葵は、腰を落として椅子に座り直す。
「ほんとーだよ甚八、謝って」
「申し訳ございませんでした」
【おまえ アタマ わるい】
ヒヒッと笑う影に、甚八は過敏に反応してしまう。昨日から煽り方が変わっていない。
「だからって、コレにだけは言われたくないっ」
「甚八がそんなんだから、おっさんに遊ばれんじゃん」
デジャブだなあと呆れる京護は、声のトーンを少し落として、影をなだめる。
「おとうさんも、おれと先生の話聞こうよ。というか、おとうさん今はそれしか出来ないんだから」
これはこれで煽りでは? これも親子というのでは? と甚八が思うよりも早く、葵が自分の手の平を軽快に叩いた。
「今のカッコいい! 京護がレベルアップした」
葵がゲーム風に効果音まで付けたので、途端に京護は相好を崩して頬を赤らめる。
「そ、そう? そうかな」
「おっさんには、それぐらいが良いって」
確かに、と甚八は無言で頷く。
これまでの経緯全て、子供である二人に、大人である甚八は立つ瀬が無かった。
振り返る必要もなく、それは昨日もだったし、もっと前からだったのを、甚八は痛感している。
二人は、まだ知らない。
甚八はわざとらしく、咳を一つする。
「ゴホン。えー、お二方。よろしいでしょうか」
「良いよ先生」
「ぼくは最初からだけど」
二人の頷きの最後に、影も無言で頷いた。正確にいえば、黒い塊が前に傾いた。
数には入れていなかったが、同意は甚八を含めて全員分。
「それでは、僕が見た物をお伝え致します。
葵様と連君、二人分の、病院での検査結果を」




