華出井 葵(12)と願いの井戸 35
社会で生きる時、倫理観は天秤の片側にある。
とりわけ職業倫理は、情報が富と引き換えに出来る物もあり、人によっては天秤がぐらつく。
甚八は、二極化なら善だ。
富より善行を選ぶ。そんな彼の唯一の弱点は、呪いにも似た探求心だ。美味しい食べ物にも弱い。
好奇心は猫をも殺すを、円花家の者たちは地で行っている。
突っ走った末が、甚八の父親だ。家系としては珍しくない。
故に、結果を出していた父親を一族は賞賛し、息子の甚八は嫌悪した。
甚八は、倫理で探求心を飼いならしたいのだ。
守りたい者がいる。その為に、富や探求心より倫理を選び続けているのが、甚八だ。
あらかた食べ終えたダイニングルームは、一般的ならまったりとしている。
甚八は内心、ここからデザートタイムなのになと惜しみながら、二つ目の質問をする。
食欲が戻ってきている京護の状態に満足しつつ、一度、影の様子を伺う。
影は、テーブルの下からと、京護の床からの両方から、黒い枝を伸ばしている。
皿に残ったカケラを持った葵に、手を伸ばすように見える。実際、目的はそうなのだろう。
「食べたいのかな、おっさん」
「多分」
「おっさん、あーん」
葵は口をパカリと開けると、小さく細い影の先に、小皿ほどの円盤を作った。恐らくそれが、葵を真似た口なのだ。
葵は躊躇わず、その黒い円盤に、ピザの欠片を落とした。
欠片は、なんの抵抗もなく、ストンとテーブルに落ちた。
「あ」
「そっか、ぼくと京護のダブルブロックだもんね。ざーんねーん」
「そういえば、食べたものはどこいくんだろ」
「うんこで出すとこ無いから、京護のお腹に入っちゃうとか」
「…………それはヤダな」
京護はなんとなく、お腹いっぱいになった腹を撫でる。
影は、転がったカケラを突いていた。
人間を含めた生物を食うソレと談笑、はしていないが、和やかな空気にも、甚八だけはまだ慣れない。
慣れなくて良いと、身を引き締めた。
「連君、君への質問をしたい」
「あ、はい。ど、うぞ」
京護は慌てて、体ごと甚八に向き合う。
病院の事を聞きたかったのも本音だが、甚八個人としては、これから聞く方に興味は強い。
好奇心の喉が、ゴロゴロと鳴っている。
「連君は先ほど、何を自身とソレにしたのかな」
甚八は影を見てから、京護を見た。
甚八が倫理をすっ飛ばして秘密の口が漏れたのも、そもそもがコレだ。
「連君の体内には、本家が井戸に落ちた先から入手する物と同じ物があると、葵様はおっしゃった。
その事は、君は否定しないのかな?」
京護は、甚八を見ながら頷いた。躊躇いも、考える間も無い。
「葵君の言うような同じかは分からないけど、あそこの物だっていう感覚ならある。…………さっき知った感覚だけど」
「想像だけど、昨日までの連君自身では出来なかった、ソレの主導権を持てたってことかな」
食べ物のカケラで遊びだした影は、その延長線上にあった京護の指に絡みだす。
影は枝分かれさせた先を、山型のハサミのようにさせ、食べ物と京護の指を同時に噛む。
「おとうさん、食べ比べしないでよ」
「食べようとするとスカスカしてるのに、物を動かしたりは出来るんだよね」
葵は甚八の質問に興味はない。手落ち無沙汰な分、影を観察している。
京護は中断されたものの、話を戻す。
甚八の質問に、答えていないからだ。
「先生のいう主導権ていう意味が、よく分からないけど…………おれが良いって言わないまま、おれを使わないようにさせた。
おとうさんと、話がしたかったから」
おとうさん、好き勝手ばっかりするんだもん。
最後にボソリと、口を尖らせて呟いた顔は、すねる子供そのままだった。




