華出井 葵(12)と願いの井戸 34
「これ、おいしいな」
考えていた筈が、あっさりと思考が食欲に負けた。
自然と京護の頬は緩み、二口目、三口目が速くなる。
その反応に、葵よりも甚八が前のめりになった。
「そうそう、ここのマルゲリータ美味しくてね。他のもお勧めあるよ、追加で頼む?」
では早速とスマホを捜査し出す甚八を、京護が慌てて止めた。
「い、良いよ。そこまでは食べられないから」
「じゃあ、ハムとパイナップルのピザ食べよう。こっちの照り焼きも」
じゃあ、の使い方は合っているのか。思う間も無く、京護の皿にピザが移されていく。
葵は、野菜が刺さったままのフォークで京護を指した。
「京護も食べたいだけ食べたら良いんだって。他にも配達できるでしょ、甚八」
「葵様、フォークで人を指してはダメです。
この屋敷が病院の近くなのもあって、デリバリー付きの飲食店は他にもありますね」
再びスマホを操作しようとするので、またも京護が止めた。
「先生や葵君が食べたいなら頼んで。おれはピザで大丈夫」
「京護が食べないなら良いや。話、戻して甚八」
「連君がいらないなら良いので、戻します」
二人にからかわれたのだろうかと、邪推するほどの気の合うやり取りだった。
気持ちの置き場から、京護が影を見る。
影は変わらず、テーブルの下から立体パズルを取ろうとしているが、葵は気にしていない。
取ろうとしているのが影にとっての遊びだと、京護と同じく気づいているのかもしれない。
皿に増えたピザを食べる事にした京護は、再び、葵と甚八の話の聞き役に戻る。
「葵様。確認ですが、病院は安全ですか」
「今まで何も無かったんだから、そういう事なんじゃない」
含みのある返しに、甚八だけでなく京護も首を傾げた。
「葵君、今までって?」
「葵様、いつからの話なのですか」
「円花の病院だからじゃないよ。ひいおばあ様が使うところだから、安全なんだ」
二人に答えてから、苦々しい顔でサラダを咀嚼する。ドレッシングの薄い部分は、葵にとって苦手な味なのだ。
ジュースでほぼ飲み込み、まだ首を傾げている二人に付け加えた。
「この家もだけど、病院はぼくが仕掛ける前に、ひいおじい様がやってる。
二重結界みたいなもんだから、甚八は心配しなくて良いんじゃない?
ぼくのは、対おっさん限定」
「葵君のひいおじい様も、ああいうの出来るんだ」
3人が自然と、テーブルの中央から徐々に端に動いている立体パズルを見る。
「ひいおじい様は、こっちの世界に合った願いの発明をするの得意だったみたい。
二重結界が崩れるのが嫌だから場所は教えないけど、セーブポイントにいるって思ってれば良いよ甚八は」
影によって引きずるように動く立体パズルを、またしても葵がひょいと持ち上げ、中央に戻す。
「おっさん、出来る事減ってるくせにじっとしないよね」
「葵君ととうさん、犬にボール投げるやつみたい」
「おっさんの遊びに混ざるの、ヤなのにっ」
葵の言い分に、甚八は天を仰ぐ代わりにピザを食べた。
葵は不本意にソレに触れる事で、負傷や死亡の可能性を憂いてはいない。
システムの維持には賛同出来るが、リスクとリターンの不透明さは変わらないままになる。
しかも、自分が生まれる前からだという。
場所を含めて好奇心が疼いたが、一旦、引き下がる事にした。
「セーブポイントとか結界という言い方が僕にはちょっと恥ずかしい言い回しですが、安全が担保されているなら、この話はここで結構です」
甚八にはもう一つ、切りたいカードがあったからだ。
「では二つ目の質問。これは連君に」
甚八に促されるまま与えられたピザを頬に詰めていた京護が、あからさまに驚いた。
自分に振られるとは思っていなかったからこそ、聞き役だった。
「え、んん、な、なに」
「ごめん、食べ終わるまで待つよ。
昨日の今日だからかな。連君が食べる姿って平和の象徴に見える」
「甚八そんなイッタイ事言えて、結界って言い方はとか、どの顔で言ってんの」
「大人になると自分が食べるより、若者が食べる姿を見ていたい時だってあるんです。
葵様も食べてください」
「甚八がいっちばん食べてんじゃんっ でもぼくもおかわり欲しい。サラダいらない」
葵の辛辣なツッコミも気にしない甚八は、葵の給仕をテンポよくしていく。
甚八の質問は、京護が食べ終えてからになった。
どうせ、腹に落ちるには重い話だ。
甚八は待っている間、詰め込まれてきた情報を思考に押し込み、噛み砕くことにする。




