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華出井 葵(12)と願いの井戸 90

 耳を傾けようと、後ろ姿を凝視する。

 葵は、数歩前を歩きながら両手を広げた。

「ここ、ひいおじい様の隠し部屋みたいなカラクリや、これみたいなアイテムがあってさ。僕が全部分かるまで家ごとしちゃった」

 立体パズルを入れたポケットを指し、これの意味を示す。

「だから僕も、慣れるまではしんどくってさぁ」

 なんでもない事のように、葵は、京護に振り向いて言った。

「それでね。全部見つけるの、夏休みの自由研究にしてるだ」

 京護は自然と、廊下を歩いていた足が止まる。

 思い出すのは、この家に入った瞬間の事。

 突如襲われた眩暈に、京護は玄関で倒れ込んだ。 

 葵はその時、言ったのだ。

 京護も慣れるよ、と。

 動かなくなった京護に、じゃれる猫のごとく葵が体当たりをする。

「ごはんっ」

「あ、うん」

「で、それを応用したのが、朝おっさんガードした病院のなんだけど。

 どっちも甚八には内緒ね」

 葵は京護を見上げて、京護を掴んでいた両手のうち左の人差し指を口元に当てる。

 内緒にするのは構わない。京護とて、甚八の全てを信用している訳ではないからだ。

 だが甚八の、優先順位の話は気になっている。

 病院の一般人を巻き込みたくないとも。

 だから、理由は知りたかった。

「なんで。知らない方が危ない気がする」

 二人の歩みは、階段を降りる手前。

 葵は、あっさり答えた。

「教えると余計見ちゃうし、言いたくなるって。甚八は」

「あ」

「簡単なヒントだけでも答え分かっちゃうぐらい、しゅうねん深いよアイツ。で、ペロッとしゃべるよ」

 下の階に聞こえやしないかと、思わず降りながら1階を覗き込む。

 誰も居なかったので、胸を撫でおろした直後。今まで大人しかった影が、不意に京護の足元から出てきた。

「お父さん、なんで出てきたの」

 影は京護の声を無視して、京護の身長と同じだけの陽炎を浮き立たせた。

 周囲を警戒していると思ったが、何もない。

 そんな誰もいない1階にたどり着いた葵は、両手を自分の腰に当てて告げた。

「だから、勝手に甚八に色々言おうとしたらダメだよ。僕の遊び場を荒したら、ひいおじい様に言いつけてやるから」

 京護は気づかなかったが、影は葵のセリフを聞いてから、京護の足元で口角を作り上げていた。

 そのまま影は霧散しながら、足元に消えた。

 廊下は静かで、何の音も無い。その静けさと影の行動から、京護は葵の後ろから声をかける。

「葵君、今の誰に」

「京護て、犬荏(いぬえ)知ってたっけ」

 最後まで言わせない葵が、くるっとコンパスのように振り返った。

 不意に目が合った京護は、半歩だけ下がる。すぐに、かかとが階段の一段目とぶつかった。

 犬荏。

 甚八とミヨが、時代劇を見る前に説明した。

 円花(まどか)家は医療、研究職。

 艻月(ろくづき)は警備、警護会社。

 犬荏(いぬえ)は、作業労働に関すること。例として、メンテナンス・掃除・クリーニングを甚八は付け加えていた。

 京護の母方も分家に当たる。蔵馬(くらま)家だ。

「少し、だけ。掃除とかで、今居るんだっけ」

「うん。犬荏って、艻月と仲良しだから。で、甚八んとことは仲悪、あれ、仕事だけの付き合いだっけ?

 そーいうーことだから、喧嘩売る気なら買うよって、言っておいたの」

「誰も居ないけど、聞いてたって事?」

「うんっ 僕には普通。普通でちょっと変だから僕は嫌いじゃないよ。見張ってるあいつらから逃げるのも楽しいし。

ほら、ごっはーん」

 葵は再び京護の腕を掴み、そのままダイニングルームに向かった。

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