華出井 葵(12)と願いの井戸 89
葵の言葉には基本、逆らう事はしない。
ダイニングルームに行くしかなくなった京護は、重い足を上げて立ち上がる。
持っていた立体パズルを返すと、葵も素直に受け取る。パズルはポケットに入れた。並みの物じゃないのに、作り手が一番、扱いは雑である。
京護は、パズルが手元から無くなって安堵した。
預かりものは慣れていない。
「葵君。絶対秘密なんて言わないけど、あの指輪と目合わせない自信ないよ、おれ」
正直に泣き言を零しても、葵は胸を這って言い返した。
「だーいじょーぶ」
「その自信なんなんだよ、もう」
葵は、京護から漏れる雑な言い方を気に入っている。
京護の視線の外で、へへへと笑ってから、横並びで扉に向かう。
「へっへ~それは僕が」
「葵様は天才だからだろ」
葵が開けた扉をくぐり、二人で廊下に出る。
「様づけはダメだけど、天才はその通り」
京護が壁に擬態している隠し扉を閉めた。葵は京護の背中を眺めながら、先のセリフににやついた。
京護なりに、葵をからかったのだ。友人の中でも近い距離を求めている葵にとって、良い追いつめられっぷりだと思っている。
気分が上がった葵は、1階への階段に向かう足を逆にして、京護に近づいた。
「京護。教えあげる」
「なにを」
「あのね」
葵に合わせて、京護がかがんだ。葵は元より、京護に秘密にするつもりはない事を、耳打ちする。
「アレ、最初に防いだら後は大丈夫なんだ。
ほとんどの人は防げない、最初の1回が強いんだけど」
言うなり離れた葵は、どこまでも笑顔だ。
京護は、教えてあげると言った葵の真意を考えた。
指輪の件を教えなかったのは驚いたものの、問い詰める気はもう無い。
話が噛み合う気がしなかったのはある。それ以上に、自分を虐げてきた人達とは違う、安全の線引きが見えるのだ。
理解や配慮とは違う。害意がない。
1年前に出会って以来。少しずつ、葵の行動は分かりにくいなりに、意味があると思うようになった。
今は確信から遠のいたものの、教えてあげると言った。
葵は、自分を本家から救ってはくれなかった。自分より年下の子供でも、思わなかった訳ではない。
優しさは、それだけで特別感を覚え、期待するもの全てを求めてしまいそうになる。
環境を劇的に変えてくれたのは、どうしたって葵だと分かるから。
底が見えない少年へ向ける結論は、今回も同じ感情で終わる。
きっと、本当に大丈夫なのだと信じる事にしよう。
「おれが防げるって思ったのは、お父さんがいたから?」
「それもあるけど。これもある」
葵は、立体パズルの入っているポケットを指した。
「おっさんを抑える為だけの物って言ったコレ」
「なにか、名前付けてたよね」
「おっさんおさえ~るっ」
やっぱり、そのネーミングセンスはどうだろう。
思うだけにした京護を気にせず、葵は続けた。
足は、1階に向かう階段へ。京護も後ろをついていく。
「でもね。この家には、それ以外全部にしたのもあるんだ」
初めて聞いた事に、京護の話を聞く意識が変わった。




