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華出井 葵(12)と願いの井戸 73

叫んだ京護に、甚八が恐る恐る声をかけた。

「連君」

 ハタと、自身の状況を理解して、慌てて顔を上げた。

 タオルを掴む手が、自然と強くなる。

「先生」

 最初こそ焦点がうまく定まらなかったものの、しばらくすれば、甚八と目が合った。

 甚八の目は、困惑と共に好奇心が漏れ出てた。

「聞いてないって何?」

「え」

 影は、姿を見せない。

「いやね、最初ぶつぶつ独り言を言い出したから、大丈夫かなと思ったんだけど」

「あ、え、えっと」

「ほら、風みたいな音だけはしたから。何か話してはいるんだろうなって」

 これで2度目だ。しどろもどろになり、事情を知っている甚八には、何も返せなかった。

 甚八に言われるまで、先までの状況は他者から見れば不審者だったなと気づく。

 これからは周りにもっと気を付けよう。

 自分に呆れて溜息をつく京護に、甚八は食い気味に尋ねた。

「で、聞いてないって、何を?」

「え?」

 話が戻った。

 見上げた先で、ニコニコと笑っている。

 少し、怖いと思った。

 タオルを握り、一度開けた口を閉じる。

 何が怖いか分からないけど、本能が伝えるのを躊躇っている。

 好奇心を隠さない甚八なのか、京護を人体実験していた中心人物に、甚八の父親がいたことか。

 自分の父親の人格が二つあった事を知ってしまった事か。

 分からない。

 どれが怖いのか、そして、それを相手に教えて良いのか。

 結局、沈黙の末、京護は逃げた。

「……なんでもない、よ」

 嘘が苦しいのは京護も分かっている。

 服を選んでいた時に絡んできた影の時は、うまくごまかせたと思う。けど、今は、どう言えば良いか何も出てこなかった。

 事実に混乱しているのだ。

 甚八は、そんな京護を凝視する。じっと、ニコニコと笑みを浮かべながら。

 すると、霧子が戻って来た。

「連様。状態はいかがでしょうか」

「あの、大丈夫ですっ」

 京護は慌てて椅子から立ち上がり、甚八をすり抜ける。

「ありがとうございます」

「とんでもないです。そうですね、先ほどよりは結構でしょう」

 霧子は甚八を一瞥してから、濡れタオルを受け取り、片付ける。

「それでは参りましょう」

 言われるままついていく京護に、背後から甚八が声をかけた。

「連君」

「っ」

 小動物のようにびくつくとは思わなかったので、甚八は思わず苦笑いをした。

 警戒心など微塵も持たせない、気の抜けた息が届く。

「そんな警戒しなくて良いよ。君が言いたくない事を追求したりしない」

 甚八は目を細め、複雑な顔をして頭をかいた。

「何度も言うが、お互い様なんだ。心の内の物っていうのは」

 何度も、と言われた京護は、足を止めた。甚八が、行こうと促す。

「行こうか、ご隠居様が待っている」

 京護は、困った。でも、自分に関わりがあるのは間違いない。

 何度も、と言われてもピンと来ない。

 どうして葵も甚八も、自分に答えを探させようとするのか。

 それは本当に、暴いて良い物かも分からないのに。

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