華出井 葵(12)と願いの井戸 71
マズイ。
甚八は自覚を持って、場の空気は読める。軌道修正が、無自覚に下手だ。
ピザを食べた時の比ではない、憤怒のオーラを背負っている霧子を見て、咄嗟に京護を背中に隠した。
「言い方に語弊と偏見がありませんか、艻月さん」
隠されたのを庇われたと思った京護が、甚八の背中から顔を出す。
「違うんです」
年相応よりは少し低い身長だが、甚八ほど霧子との差異はない。
霧子を見上げる赤い目は、涙の痕が強く残っている。
「先生は悪くないんです。俺が悪いんです」
鼻声で擁護する姿に、霧子の眉間が1本増えた。
マズイ。
体感気温が一度下がった甚八は、あさっての方向を見る。
甚八に一歩近づく霧子から、一歩離れる。
「子供に気を使わせましたね、円花医師」
更に一歩近づかれたので、また一歩下がる。
「……申し開きもありません」
じりじりと二人だけが京護から離れ、あっさり部屋のコーナーに甚八が追いつめられた。
扉が部屋の端の柱に近い体が、何故二人が金箔しているのか、京護は分からない。
「申し開きは無いと」
「時間は惜しむタイプですので」
「いさぎよい心掛けです」
「どうも」
聞かれたくない会話ではないらしいが、話の中心人物なのに、置き去りにされた気にはなった。
どうしたら良いのか分からず、つい足元を見る。
父親である影は沈黙していたが、二人の様子を一つ目で見ていた。
京護が俯く事で影が濃くなってから、もう一つ目を浮かばせて京護も見上げる。
二つ目とも目を細めたので、楽しそうだった。
ダメだ。
この父親は打開策を持っていないし、持っていても助ける気がない。
「あの……」
京護はひとまず声をかけたが、何を言えば良いか分からない。
おれのせいで争わないで、と言いかけて止めた。
京護が言い及んでいる様に、霧子は甚八を一瞥してから身を引く。
「奥様がお呼びです。連様」
「え? おれ?」
自分に用件があると思っていなかった京護に、霧子は視線だけでなく体も向ける。
甚八が、あからさまに胸を撫でおろしている顔は、京護と影だけが見た。
「葵様が戻られる迄に、私はお食事の支度を致します。
その間、一緒にお過ごしになりたいとの事でございます」
要望は理解できても、頷いて良いのか躊躇った。
「おれ、あの、一緒に居て良いんですか」
京護は再び影を見下ろす。
霧子と対面済みの影は、自身の存在を隠していない。




