華出井 葵(12)と願いの井戸 70
幸か不幸か。甚八は、空気の温度差を感じられるタイプだったので、京護が涙目のままキョトンと甚八を見ている空気に、張った胸を丸くした。
「まあ、それはさておき」
「さておき?」
「さておき。その犬荏家の者を見張っているのが艻月家。
今回の行方不明、1人じゃないんだ。それが理由で、普段は情報共有されないところも教え合っている。
でも、他の分家に隠してる部分もあるだろうね。
僕は円花の人間だから、全部を知ってるとは言えない」
京護は捲し立てるように話す事より、ドアをちらちら見ながら話す甚八を不思議に思った。
それでも内容が気になるので、絵本から手を止めた影同様に甚八の話に耳を傾ける。
「僕が知っているのは、見張っている艻月のが所持しているスマホによる位置情報の共有。
食われている、という確証はないが、限りなく近いという報告。根拠の一つは、見張りだして一度も寝ていない点と」
あと、と言いかけて、ドアから再びノックされる。
「円花医師。お時間です」
甚八はスマホを見て、息をついた。
「分かりました」
これを気にしていたのかと分かった京護は、再度、じゃあ四天王のくだりは必要だったのかと疑問に思った。
聞こうとしたものの、白衣を持って立ち上がったので、仕方なく京護も立ち上がる。
影はといえば、先に出て行こうとする甚八の背中に言葉を投げた。
【イチ いえ】
甚八は、影の見えない場所で、ひそりと笑った。
やはり、影が気にしているのに知らない事を、知っているのは楽しい。
かといって、隠す気はない。秘密保持ではない限り、出し惜しみをする気質ではないからだ。
甚八は京護にスマホを見せる。
「後で連君に教えるよ」
「うん、ありがとう」
スキップしたい気分も、開けたドアの先に居た艻月霧子が、京護を見るまでだった。
「子供を泣かせましたね、円花医師」




