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爛漫に降れ秋の雨  作者: ニワトリ
3/10

恋に落ちる音がした

 翌日、教室に入ると彼女は既に席に着いて、おそらく昨日借りた本を読んでいた。私が席に鞄を置いた時にふと目を上げ、私を見るとあっと微笑んだ。


「おはよう」


「お、はよう」


 返しながら、どぎまぎしてしまった。このまま仲良くなっちゃって、また暗澹たる女の友情を築いたらどうしようとか考えたし、あのCMの子と顔立ちは似てるけど雰囲気は大人っぽいなとか思ったし、大人っぽいといえば修学旅行の時に私をラブホに連れ込もうとしたあの女の人に雰囲気が似てるかもしれないとも思った。とにかく緊張した。


 そして何より。


(名前なんだっけ……)


 入学してすぐ、ホームルームでみんな自己紹介はしたものの、顔見知りがいない環境で一気に三十人近くの自己紹介なんて覚えられるわけがない。


 何か話すべきだろうか。話してみたい気はする。でもまた小学校の二の舞になったり、ラブホに連れ込まれたりするのは嫌だ。

 うんぬんと考えた末、社交辞令くらいならいいだろうと結論を出して、私は勇気を出して彼女に声をかけた。


「読むの早いのね」


「え?」


「月曜日には本棚にあったから、火葬」


「ああ、じゃあ月曜は私の方が後に図書室に行ったのね。確かに文体が読みやすいから他の本より早く読めてるかも」


(あ、私も読みやすいと思う。あの厚さを二日で読んじゃったし)


 顔が熱くなってくる。一人を好んでるうちに、好きなことを話す程度のことで緊張するようになったのだろうか。いや、そもそも私はこれまで、好きなことを誰かと話せたことがあっただろうか。好きなものの話ってこんなに嬉しいものなの。ああ、もっと話してみたい。ーーそう思いつつも、共感したことを声にはできなかった。しかし、この口下手さに構わず彼女は続けてくれた。


「ねえ、一つ前のも読んだ? 昨日の本もう読み始めてる?」


「うん」


「私まさか良輔の語りから入ると思わなくて最初っからすごい興奮しちゃったの。前作の中盤で役割が終わって完全に忘れかけてたのに、まさかこの人から入るの? って」


「あ、私もそれ思った。連作だからできる面白さだなって」


「そう! そうなの!」


今度はちゃんと思ったことが言えてほっとする。にこにこと話す彼女は見るからに楽しそうで、パッと華が咲いたような明るさがあった。私に対する下心なんて全然なくて、この子は純粋にこの本が好きなんだと信じられた。釣られて笑ってしまう。楽しい。


 それと同時に、ほとんど初対面の相手に屈託なく話す彼女が少し羨ましくなる。

 私は、私が特定の人と親しくしたら、誰かを傷つけてしまうかもしれないと真っ先に後ろめたく考えてしまう。せっかく楽しく話してるのにそんなことが頭をよぎって、その卑屈さが口を滑らせた。


「見かけよりお喋りなのね」


 言った瞬間、失敗したと後悔する。彼女はぱちくりと目を開き、その後すぐに恥ずかしそうに目を伏せた。

 ああ、違うの。嫌味じゃないの。無愛想な言い方なのは私が卑屈なせいなの。本当に仲良くしたいのよ。

 一人でそんな心配をおろおろと巡らせる私に、彼女は先ほどよりも声を落ち着かせて、言い訳するように言った。


「いつもはこんな風じゃないのよ、私。まだ友達できてなくて、今まで私の周りで同じ本を読んでる人がいなかったから、少しテンション上がっちゃった。突然こんな話されたらびっくりするわよね。ごめんなさい」


 まさに我に返った、という態度で突然しおらしくなった彼女に、心配していたほど気にしていないのだと安心した。そして彼女が私とほとんど同じことを思っていたことにドキドキする。


(私も同じ本読んでる人と初めて会った。私だってちょっとテンション上がってた)


こんなに共感してることを言ったら、無理やり合わせてるとか、媚び売ってるとか思われないだろうか。


 そして、なんて寛容で可愛い人だろうかと思う。女の子ってこういう、仕草がたおやかで控えめで、恥じらいがある子のことを言うんじゃないの?

 私は人生で初めて、理想の女の子像を克明に想像して、それを目の前の彼女にがっちりとはめ込んだ。途端、緊張で頭が沸騰して、それでも仲良くなりたくて言葉を探す。


「いや……、別に、私も同じ感想持ってたし……びっくりはしたけど。名前、知らないし」


 緊張しすぎて名前を知らないとまで言ったのは、事実ながら口を滑らせたかもしれないと思ったが、彼女は悪戯っぽく笑って「私も。覚えられないわよね」と内緒話をするように小さく言った。


(天使……?)


 もしかして今まで私のことを好きになった人たちは、今の私と同じ気持ちだったのだろうか。もっと話してみたいと思ったり、可愛いと思ったり、他に何が好きなのかを知りたくなったり。

 だとしたら、私は今まで嫌っていた人たちへの気持ちを少しは改めなければならないかもしれない。


「私、石川白亜っていうの」


「……綾部美緒、です」


 よろしくね、と微笑む白亜に、私の心は見事に撃ち抜かれたのだった。

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