親友
夜のピアノシリーズを読み終わる頃には、私たちは友人と呼べる程度には親しくなった。否、私はもう白亜を親友だと思っている。
趣味が同じというだけで友達との浸透度はこんなにも違うのかと驚くべき衝撃を受けた。友情とは必ずしも時間で築かれるものではないのだ。
好きな作風は少し違っているけれど、はじめから好みが違うのがわかっているからこそ対立がない。興味のない本でも白亜の要約と読書感想を聞くのは面白かったし、白亜も私の話を聞いてくれて、かなりバランスよく話している。気を遣うことなんてほとんどなかったし、話していてストレスになることも全然なかった。
白亜が好きと勧めてくれた本を読んでいる時、白亜の一部を知っていくようで読書がより楽しくなった。本は読んだ人の一部になっていく。だから白亜と同じ本を読むということは、彼女への理解を深めるのと同じなのだ。そして白亜が好きな本は、私も好きになっていった。私の物語の好みが変わったのではなく、白亜の好きなものだから魅力的に感じて、好きなものが増えたのだ。
そして白亜は本に限らず好奇心が旺盛だということも行動を共にするうちにわかってきた。色々なものを眺めたり知らない道に入っていくのが好きな子で、一緒に帰っている時もよく寄り道をする。大人しく朗らかな雰囲気に反して行動は奔放な子供みたいで、そういうところも可愛いし、あまり出歩かない私には程よく刺激的だ。お陰で学校近辺に何があるのかを色々と発見した。
今日も大通りを駅とは反対に歩いて、展示ホールが併設されてる映画館を見つけた。展示ホールは今はどこかの美術愛好会がスペースを借りているらしい。入場無料だったからなんとなく入ってみたら、絵画や手芸品や彫刻なんかがたくさん飾られている。とあるアニメの作画監督という人の作品もあって、それには荒廃的な風景やキャラクターが描かれていた。それを見た白亜は昔読んだ児童書の世界観がこんなイメージだったと話してくれた。背伸びをして私の耳元に近付きながら内緒話をする白亜にドキドキして、なんで女の子ってこんなに可愛いんだろうと密かに思っていた。否、可愛いのは女の子ではなく、白亜なのだけど。
スペースを出た後、エスカレーターを下る途中でアイスの自動販売機を見つけたので少し休憩することにした。エスカレーターの脇にあるベンチに腰掛けると、歩き疲れて脚が少しジンジンと痺れているのがわかる。つま先をピンと伸ばしたり足首を曲げたりして下ろした後、座ったまま腰を思いっきり反らした。
「あー、いっぱい歩いた」
歩き疲れている私に、白亜はふふ、と笑った。
私は小学校の時はまだ国語の教科書に載った小説しか読んでいなかったので、先ほどホールで白亜が話してくれて児童書について尋ねた。小学五年生の夏休みの読書感想文用にお母さんが買ってきてくれたものであることと共に、かいつまんだあらすじを聞いた。
相槌を打ちながら私は先にアイスを食べ終わったのだが、白亜のアイスはまだ半分も残っている。話の途中でアイスが垂れそうになるのに気付くと慌てて溶けたアイスを舌で掬う。その時に空いてる手を皿にしてアイスが制服に溢れるのを防ぐのだけど、その仕草がとても女の子らしくて綺麗だし、食べるのが下手で時々に鼻先にアイスをつけてしまう白亜があまりにも可愛くて、私は毎日白亜とアイスが食べたくなってしまった。
食べきったアイスの包装を自販機の横のゴミ箱に捨ててエスカレーターに乗ると、白亜は間にエスカレーター一段分空いていた距離を一つ詰めてから、私を見上げてきた。
(近い……しかもこの身長差って、恋人として理想的なんじゃない?)
そんな妄想を一瞬で繰り広げる。
「ねえ、美緒って小説は全部借りて読んでるの? 本屋さんには行かない?」
私は春爛漫な妄想に一発ビンタしてから、少し考えた。
「基本的には借りて読むけど、好きな作家の本は買うかな。でも新しい本屋は見かけたら入っちゃうのよね。書店ごとに並ぶ本って変わるし、色々眺めてるの楽しいから」
「あ、わかる! 私もつい本屋さん入っちゃうの。あの本が無くなってるなとか、この本は他で見ないなとか、本屋さんごとに顔が変わってて楽しくて好き」
「うん、そう」
白亜には私が思ってること全部わかってる。そう思うくらい私たちは共感が多い。その度に嬉しくなる。そして考えてることが同じだから返事が淡白になってしまうのが口惜しい。
一つ下のフロアについて隣のエスカレーターに乗った後、白亜はまた私を見上げて、今度は少しだけかしこまった態度で「美緒って休みの日何してる?」と尋ねた。
「私の家の近所に行ってみたい喫茶店あるんだけど、一人だと緊張しちゃって……その近くに私の好きな本屋さんもあるの。一緒に行かない?」
「え、行きたい。いつでもいい」
はらぺこの野生獣が好物を目の前に吊られた瞬間に食らいつく勢いで答えた。思っていた以上に声が出てしまって恥ずかしかったけれど、白亜がパッと嬉しそうに笑ったので羞恥心なんてどうでもよくなった。可愛い。
「じゃあ、週末は?明日か明後日」
「空いてる」
「じゃあ、明日。うちの最寄駅で、一時くらいでいい? 先に喫茶店でご飯食べて、その後本屋さん。せっかくだし雑貨屋さんとかも回らない? ファーストフードもいくつかあるから、疲れたらどこかに入って休憩しましょう」
「うん、大丈夫」
白亜は歩きながら、目当ての喫茶店のURLを連絡アプリで送ってくれた。潔くスケジュールを決めてくれる決断力の早さに圧倒されつつも、休みなのに白亜と会って話せる予定に胸が踊る。頭の中は完全にお祭り騒ぎだ。
私たちは住んでいる地域は離れているけれど、帰る方向は同じだ。日が暮れ始める中で同じ電車に乗り、七駅進んだ後に白亜が先に降りる。電車の窓の内と外から互いに手を振り、白亜の姿が見えなくなってもホームを眺めるのが一連だった。いつもはそこから本を読み始めるのだが、明日のことが楽しみで頭から離れなくて、本の世界に入り込むなんてとてもできそうもない。
(明日何着ていこう。白亜の私服ってどんなのかしら。学校がない日でも白亜と会えるなんて嬉しい!)
完全に有頂天だった。この時の私は、白亜が好きという気持ちで何もかも満たされていて、生きてきた中で一番楽しかったし、一番幸せだった。
だけど私は、白亜の気持ちを知らないから幸せだったのだ。




