ファーストコンタクト
学校の図書室で、私はある本棚を四往復くらいした後に諦めの声を漏らした。
「……ない」
月曜に目を付けていた小説がなくなっている。今日は水曜日。貸出期間は一週間だから、誰かに借りられているなら来週まで読めない可能性が高い。
探しているのは三年前くらいに書店に平積みされていた有名な小説。映画化もされたシリーズ本で、当時は学校の図書室も市立図書館も常に貸出状態で読むことができなかった。気になっているものの、一刻も早く読みたいというわけではなかったので、流行が過ぎ去るまで手を出さないでいた。未だに流行の名残があるのか、自分と同じ考えの人が同じタイミングで借りたのか。シリーズの第一巻を読み始めてしまったから間に別の本を挟みたくないし、来週まで待ってたら物語への熱が冷めるかもしれないし、買うのはなんか負けた気がする。
いい加減、自力で探すのは諦めて貸出カウンターに向かった。バーコード管理だから貸出状況がパソコンで見れるようになってるはずだ。
貸出と一緒に返却するつもりだったので、カウンターの図書委員に本を差し出しながら声をかける。
「すみません、夜のピアノシリーズの火葬ってありますか」
この図書委員は先輩のはずだった。新入生はまだ委員会が決まっていないからだ。襟元のリボンの色を見るとやはり桃花色で、私の梔子色とは違っていた。
問うと先輩は私を見上げ、「夜のピアノ?」と聞き返す。私と目が合うと先輩はハッと息を飲み、目を伏せて逃げるようにパソコンの画面に向かった。私と目が合った人はよくこういう反応をする。それについては何も触れず、「はい、火で葬るで、かそう」と続けた。先輩はキーの文字を確認しながらぽちぽちとキーボードを打ち、検索をかけてくれたようだった。
「ないね、返却予定は来週の月曜になってるよ。同じシリーズの他のなら全部あるみたいだけど」
「そうですか……、ありがとうございます」
やはり。落胆しながらもそのまま返却手続きをお願いした。帰りに市立図書館に寄るかどうかを考えていると、横から「あの」と声がかかる。見ると、はっきりとした目鼻立ちの、落ち着いた雰囲気の生徒が私の隣にいた。身長は私よりいくらか低い。リボンの色が私と同じなので、彼女も新入生らしかった。私と図書委員の顔を見て呼びかけに反応したのを確認した後、持っていた本の表紙が見えるようにカウンターに差し出してきた。
「もしかして、探してるのってこれですか?」
まさしく、私が探していた夜のピアノシリーズの火葬である。
「あ、そう…です」
「よかった、やっぱり。今日返すので、どうぞ」
「……ありがとう」
「このまま預けて返却お願いしてもいいですか?」
「うん。じゃあ貴方、学生証出して」
諦めかけていたところに本がやってきたことと、突然知らない人から話しかけられた驚きで数秒ほど状況についていけなかった。彼女と図書委員が話した後、彼女は本棚の方へ去って行き、図書委員は私に貸出カードとして使える学生証の提示を促す。図書委員が私より冷静なのは、彼女から話しかけられるより前から姿が見えていたからだと思う。
貸出手続きをした後、図書室を出る前になんとなく振り返った。『火葬』を返却しにきた彼女も私と同じシリーズを追っているらしく、どの本を読むか悩むことなく、私とほとんど入れ違いでカウンターにやってきた。
どこかで見たような気がする。だけどそれを思い出す前に私は図書室を出た。彼女と帰り道で一緒になって、話さざるを得ない状態になったらどうしようと思ったからだ。
せっかく同じ本を読んでいるのに、もったいない。もしかしたら仲良くなれるかもしれないのに。そう考える反面、友達になれるかもしれないという期待は少し怖かった。
にも拘らず、私はうだうだと「やっぱり待ってれば良かったかも」と後悔し続けた。帰りの電車の中で開いた本の文字が頭に入ってこなくて、結局諦めて本を閉じて膝に置いた。座席の端で電車の乗降口の上部にあるテレビを見上げながら、国民的美少女を起用したお茶のCMが流れているのを見て可愛いなぁと思う。誰かに似てる気がするとぼんやり思った直後、私の直前までこの本を持っていた彼女がよぎった。
その時になって私はやっと、彼女が同じクラスで、しかも私の後ろの席だということを思い出したのだった。




