『花火はまだいりません。』
最後は裕司と智沙都です。
「こんなもんかな?」
姿見に向かってつぶやく。
レースの襟がついた小花柄のワンピースにベージュのカーディガン。
女の子らしい服装に、裕司は何て言うだろう?
裕司のおじいちゃんのことがきっかけでまた話をするようになってから、ほぼ一年が経過した。
そして今日は、初めて裕司と二人で出かける。
この一年、わたしと裕司の関係はよく分からないまま。
朝一緒に学校に行くことは、なんとなく習慣になった。
でも、それ以上には進んでいない。
裕司から何かに誘ってくれることもなかったし、わたしもどういう位置付けなのか迷っていたし。
ただ、わたしがバスケ部の試合をよく見に行っている。
と言っても、裕司に応援を頼まれたわけではない。
親友の萌子が永岡くんと付き合い始めたから、彼女の付き添いで行っているだけ。
萌子は大人っぽい、口数の少ない女の子。
そして、人気のある永岡くんの周りに集まって来る女の子たちと違って、目立とうという気持ちが全然ない。
永岡くんに来てほしいと言われて試合を見に行っているけれど、彼女にしてみれば、べつに行きたいというほどでもないらしい。
だから、いつも体育館の上にある観覧席で静かに見ているだけ。
すぐ横では永岡くんをお目当てに来た女の子たちが黄色い声を上げているというのに。
永岡くんは、そんな萌子の気持ちを察してか、観覧席の萌子に直接声をかけたりすることはない。
ただ、見に来ているかどうかをちらりと確認するだけ。
萌子も手を振ったりせずに、ちょっと微笑んで頷くくらい。
そして、試合が終わると、永岡くんを待たずにすぐに帰ってしまう。
「だって、片付けやミーティングで何時になるか分からないから、先に帰っててって言われてるもの。」
と、萌子は当たり前のように言った。
結構クールなカップルなのだ。
そんな二人とは違い、裕司は何も考えていないような気がする。
萌子と一緒に観覧席に座っているわたしに、「智沙都〜!」と大きな声で言いながら手を振ってくる。いつも。
それをやられると永岡くんの応援に来ている女の子たちが、一斉にわたしを見る。
恥ずかしいから無視しようとすると、裕司は気付かないのかと思って何度も呼ぶ。
だから、わたしも手を振り返すしかない。
それを萌子は隣でくすくす笑っている。
そんなわたしと萌子を見ているひとたちは、たぶん、裕司を応援に来ているわたしに萌子が付き添っている、と思っていると思う。
とは言え、試合で見る裕司は、普段とは違って真剣そのもの。
相手の選手と接触して転んでしまうこともあるけど、慌てたり怒ったりしないでちゃんと冷静でいられる。
そういうところは昔と違っておとなになっていて、偉いなあと思う。
だけど。
裕司はわたしを試合に誘ったことはない。
一緒に帰るから待っててと言われたこともない。
試合を見に行ったお礼も言われたことがない。
要するに、どうでもいい感じ?
なんだか悔しい……って思ってた。
けれど、おとといのこと。
夜に電話があった。
『あさっての日曜なんだけど、空いてる?』
って。
警戒しながら( “期待” じゃなく、あくまでも “警戒” 。)空いていると答えると、思わぬ申し出だった。
『服を買いに行きたいんだけど、一緒に行ってくれないかな?』
初めてのことで驚いた。
裕司が自分で服を買っていることは知っていたけど、いつも男子の友達と一緒に遊びを兼ねて出掛けると聞いていたから。
驚いたわたしに、裕司は
『たまにはいいかと思って。』
と言った。
その言葉の何かがわたしの気持ちをつついた。
“待っていた” なんて言いたくない。
“嬉しい” っていうほどでもない。
ただ……。
――― というわけで、今、こうやって鏡に自分を映してみている、というわけ。
(そろそろ行かなくちゃ。)
部屋の掛け時計を見て思う。
電車で烏が岡に行く予定で、裕司とは駅で待ち合わせをしている。
家族には知られたくないから。
わたしが駅で待ち合わせたいと言うと、裕司もすんなりOKした。
最寄りの駅までは徒歩12分。
少しヒールの高い靴を履くつもりだから、余裕を持って家を出ないと。
机の上に置いたバッグを取り、レースのカーテン越しに斜め向かいの裕司の家を見ると、ちょうど裕司が出てきたところだった。
(あ……。)
少し待って時間をずらそうかな、という考えが頭に浮かびかけた。
でも、その考えがちゃんと終わりまで行きつかないうちに、焦りに変わる。
(うそ? まさか。)
窓から離れられなかった。
わたしの視線は、駅側ではなくこちらに向かって道を渡って来る裕司にくぎ付け。
(だーかーらー! 駅で待ち合わせって言ったじゃないの!)
すぐにインターホンを押してしまいそう。
今から階段を降りて玄関に行っても間に合わない。
かと言って、ここから声をかけるのも……。
(ああもう!)
「あ。智沙都〜! 行くぞ〜!」
(うわ。)
呼ばれた。
大きな声で。
(窓に近づき過ぎた?)
裕司からもカーテン越しに見えたのだ。
裕司はそのまま我が家の前で、にこにことこちらを見上げている。
もう一度呼ばれたりしたら、ご近所にも恥ずかしい。
急いでカーテンの隙間から合図をして、階段を駆け降りる。
リビングに「行ってきます。」と声をかけると、お母さんが「裕司くんと出掛けるのねえ。」とにこにこして言った。
(どうしてみんな、あんなににこにこしてるわけ?)
なんだか腹立たしい。
みんなが “当然” と思っているみたいで。
(だって、裕司は何も言ってくれてないのに。)
玄関を出て笑顔の裕司を見ても、少しも気持ちがおさまらなかった。
「もう! 駅で待ち合わせって言ったのに。」
「え〜。いいじゃん、そばに住んでるんだから。」
のんびりした返事にふて腐れて、裕司から顔をそむけたままずんずん歩く。
その横を、余裕の歩調で歩く裕司。
履き慣れないヒールの靴では、裕司を置いてきぼりにするほどのスピードは出ないみたい。
それにまた腹が立つ。
「裕司は女の子の気持ち、全然分かってない!」
(そうだよ。全然分かってない。)
中途半端で、どうしたらいいのか分からないわたしの気持ちなんか。
「智沙都?」
裕司がわたしを見た。
少し困った顔をして。
それを見たら少し心が揺れたけれど、わたしにだって意地がある。
簡単に許したりしないんだから!
前だけを見て無言で歩くわたしに裕司が言った。
「じゃあ、智沙都は俺の気持ち分かってるのか?」
思いがけない問いかけだった。
(裕司の気持ち……?)
すうっと怒りが引いて行く。
心が静かになって行く。
「せっかく二人で出かけるんだから、少しでも長く一緒にいる方がいいと思ったんだけど。」
(少しでも長く…一緒に……?)
「え…、そう、なの……?」
「そうだろ?」
何の構えもなく、当たり前のことのように言う裕司。
それを見て気付いた。
裕司はわたしも同じ気持ちだと思っているのだ、ということに。
「裕司……。」
だから裕司は何も言わなかったんだ。
もしかしたら、言わなくても、行動で表しているつもりだったのかも知れない。
朝一緒に登校する、ということで。
みんなの前でわたしに笑顔で手を振る、ということで。
そして、わたしが裕司の気持ちを分かって、そのうえで一緒に学校に行ったり、試合を見に行ったりしていると思ってたんだ。
「あ。危ないぞ。」
裕司が腕をつかんで引っ張った。
道の端と車道側を入れ替わった二人の横を車が通り過ぎて行く。
小さなことだけど気を遣われたことが嬉しい。
(そうか……。)
少しはおとなになっているけれど、やっぱり裕司は昔のままの裕司なのだ。
わたしのチョコを自慢したころと中身は変わっていない。
嬉しければにこにこするし、一緒にいたければ一緒にいようとする。
気取ったり、隠したりすることができないままなのだ。
「裕司は家の人に、今日はわたしと出掛けるって言って来たの?」
「え? そうだけど?」
(やっぱりそうなんだ……。)
「そっか……。うふふふふ。」
笑いがこみ上げてくる。
こんな裕司を相手に、うじうじと考え込んでいたなんて。
「なんだよ?」
「なんでもない。」
(そうだった。これが裕司なんだ。)
ほかの誰かと比べても仕方ない。
これこそが裕司なのだから。
「ふ……くくくくく……。」
子どもっぽくて可笑しい。
家族のために頑張ったり、部活で根性を見せたりすることもあるのに。
なんだか笑いが止まらない。
「なんだよ、気持ち悪いな。……でも、その服、いいじゃん。」
「え?」
驚いた。
まさか裕司に服を褒められるとは思わなかったから。
「そ、そう? ありがとう……。」
気付いてくれたのかな?
わたしが裕司と出掛けるためにお洒落をしたってことに。
そっと裕司を見ると、さり気なく前を向かれてしまった。
でも、耳が赤くなっているのは、暑さのせいだけじゃない、よね……?
(うん。いいや。)
裕司はこれで精一杯なんだもんね。
口に出すよりも、行動で表す方が簡単みたいだし。
(行動で?)
思わず、今日これから起こることを想像してしまった。
お店で肩を寄せ合って服を選んでいるところ。
隣り合わせに座って一休みしているところ。
(もしかして、手をつないだり……とか?)
それは恥ずかしい気がする。
でも、帰りにもしかしたら……。
「なあ、智沙都?」
急に声をかけられて、心臓が跳ね上がった。
わたしが何を考えていたかなんて、裕司に分かるわけがないのに。
「なあに?」
(やっぱりちょっと……期待しちゃうかも。)
言葉にして考えたら、心にストンと落ち着いた。
やっぱり “期待” なんだって。
もう怒るのはおしまい。
今日は初めて二人で出かける日なんだから。
どうか、楽しい一日になりますように!
『花火はまだいりません。』おしまい。
これで本当のおしまいです。
長い期間おつきあいいただき、本当にありがとうございました。
レビューを書いていただいたり、ご感想をお寄せいただいたり、この作品も、わたしにとって幸せな作品になりました。
読んでくださったみなさまに、心からお礼を申し上げます。
みなさまにも、楽しくてHAPPYなことがたくさんありますように!
虹色




