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内界諸国見聞紀行 第八章 星降りの原

 内界の空は、それぞれの刻で止まっている。多くの内界は昼で止まっていて、太陽が動かないという話はこれまで何度も書いてきた。だが、まれに夜で止まった内界がある。狩り手たちの評判は、正直なところ良くない。明かりなしには一歩も進めず、荷は増え、油代はかさみ、そのくせ湧く界物は闇に乗じて襲ってくる。割に合わない、というのが職人たちの言い分である。ところが、その夜の内界のなかに一つだけ、狩り手たちが悪態をつきながら通いつめる場所がある。星降りの原である。


 王国歴1608年の実りの月、私はその門の前に立った。門は平原のただなかに、ぽつんと立っている。周りには小さな集落があって、宿と鍛冶場と、後で書く細工物の工房が軒を並べていた。昼日中、青空の下で門をくぐると、次の一歩は夜だった。目が慣れるまでのしばらく、あたりは真の闇に沈む。やがて足元に乾いた草原が見えてくる。そして顔を上げて、私は立ちすくんだ。空の端から端まで、星である。外の世界のどんな晴れた夜より数が多く、粒が近い。空を横切って、星の砂を撒きこぼしたような淡い帯がかかっている。風の音のほかには何も聞こえない。振り返ると、くぐってきた門のむこうだけが、昼の色にぽっかりと明るかった。


 この原では、星が流れる。それも、落ちてくる。夜空を白い筋がよぎったかと思うと、地平の彼方ではなく、原のどこかに突き立つのである。落ちたものは冷めると黒い金属の塊になっていて、これが星鉄と呼ばれる。剣の材料として、界物学の帳面が最上と認める代物だ。星鉄で打った剣は硬く、粘り、どれだけ振っても刃こぼれひとつしないという。王侯の佩剣に星鉄の銘があれば箔がつくとされ、鍛冶師たちは言い値で買っていく。ただし、どこに落ちるかはまったくの運である。星が走れば、狩り手たちは夜の原を一目散に駆ける。私が居合わせた晩も一度あった。野営の火を囲んでいた男たちが、弾かれたように立ち上がり、明かりを掲げて闇の彼方へ消えていった。戻ってきたのは、外の世界でいえば明け方にあたる頃で、拳ほどの黒い塊を抱えた一人だけが、たいそう機嫌が良かった。


 のんきな話ばかりでは済まないのが、この原である。先に書いたとおり、ここの界物は夜陰に紛れて襲ってくるものが多い。光の輪の内にいる限りは滅多に近寄らないが、明かりが尽きた者、輪の外に出た者から狙われる。だから星鉄探しの鉄則はただ一つ、明かりを絶やすな、である。機構の出先は、入る者に一人あたり二つの明かりを持たせることを決まりにしている。一つが消えても、もう一つで戻ってこられるように、という理屈だ。明かりを両方なくした者がどうなるかについて、集落の誰も多くを語りたがらなかった。それが答えなのだと思う。


 その明かりの話である。この原には、星鉄のほかにもう一つの授かり物がある。原のところどころ、岩の隙間や草の根元に、ほのかに光る小石が見つかる。灯星という。火でもないのに温かい色で灯りつづけ、油も要らず、風にも雨にも消えない。夜で止まったこの内界における、数少ない光源である。集落の職人はこれを嵌めたランタンを作っていて、星鉄探しに入る者は必ずこれを提げていく。炎のランタンは風に消えるが、灯星は消えない。命を預ける明かりとして、これほど頼れるものはない。


 そして灯星には、狩り手の道具にとどまらない、もう一つの顔がある。よく知られた逸話があるのだ。昔、ある町に、親同士の諍いで引き裂かれた恋人がいた。二人は別れの前にひそかに一つの灯星を割り、半分ずつ持った。そしてある夜、それぞれの家を抜け出し、手のひらの小さな光だけを頼りに夜の森を抜け、森の向こうで再び出会ったという。二人がその後どうなったかは、語り手によって違う。遠い町で幸せに暮らしたという者もいれば、いまも逃げつづけているのだと声をひそめる者もいる。学徒として言わせてもらえば、この話は土地ごとに細部が違いすぎて、どこまで本当かは分からない。ただ、灯星を割っても光が死なないこと、同じ石から割った二片が同じ色に灯ることは、本当である。


 この逸話にあやかって、いま諸国では、一つの灯星を割って対の細工物に仕立てるのが流行っている。指輪、首飾り、耳飾り。ことに婚約の贈り物として人気で、門前の集落の工房には、わざわざ遠くから訪ねてくる二人連れが絶えない。細工師の親方は笑っていた。「星鉄を買いに来る鍛冶屋より、石を割りに来る恋人のほうが、もう多いくらいでさ」。引き裂かれた恋人の話が、人を結ぶ商いになっているのだから、逸話というのは不思議な生き物である。


 発つ前の晩、私はもう一度原に入って、草の上に寝転んで星を見た。狩り手たちが、明かりの面倒だの油代だのと散々こぼしながら、それでもこの原に通ってくる理由は、半分は星鉄だろう。だが残りの半分は、たぶんこの空である。帰りぎわ、私も工房で小さな灯星を一つ買った。割らずに、そのままだ。いまこの稿を書いている机の上でも、あの原の星がひとつ、静かに灯っている。


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